「今病みゆく子どもたち… 私たちにできること、しなければならないこと」 学級のお父さん(中旬)

 その日起こった事件のあらましを子どもたちに伝えて、

「おい、みんな。

誰が悪いと思う、この事件」

と聞きました。

みんな一斉に「とったやつ、泥棒」と答えました。

僕が言ったのは

「違うぞ。

お前ら誰が悪いのかもわかんないのか。

教えてやるよ、俺が悪い。

俺はお前たちの担任、学級のお父さんだ。

お前たちに、自分たちの物はちゃんと管理してロッカーに入れなさいって教える義務があった。

それをいい加減にしたからお前はつくえ上に置き忘れたんだろ。

ほら入り口見てみな。

『管理責任者。

水谷修』

って書いてあるだろう。

俺はな、この教室を見回って、忘れた物があったらそれを預かったり、教室に鍵をかけたり、教室を守る義務があった。

それをいい加減にしたからこういう事件が起きた。

だから俺が悪い。

ちょっと金足りなかったから、校長先生、副校長先生からも金借りてきて五万つくった。

これで勘弁してくれ」

と言って渡しました。

 そしたら、とったのを見た子が

「先生、納得できない。

○○さんがとったの見たよ」

と言っちゃいました。

やられたと思った。

名指しで言われた子は泣き始めました。

「うん、そうか。

お前が見たのなら何かはあったんだろうけど、もしかしたら触っただけで戻してるかもしれん。

何か誤解があるかもしれないし、ちょとここじゃあ話聞けないから、別の部屋で話聞いてくる。

ちょっとみんな待ってろよ。

ほら向こうの部屋に行こう」

と、その子を連れて長い廊下を別の棟まで歩いて行きました。

もう振り返って「お前だな」と言えば、「先生、ごめんなさい」と言うのはわかってた。

固く抱きしめたバッグの中に、財布もお金も入っているのはわかっていました。

 別の部屋に行って戸を閉めた瞬間に僕が言ったのは

「うん、お前じゃないよ。

儀式儀式。

触ってみただけで戻したよな。

ごめんな、こうやんないとちょっと収まりつかないから、ほら、我慢しろ。

ハンカチ貸してやるから涙ふけ。

ところで明日、お前のお母さんのところにお見舞いに行ってやる。

今日ので金使ったからメロンてわけにはいかないけど、ミカンぐらいなら買えるから、お母さんによろしく言っといてくれ。

ほら戻るぞ。

泣くな。」

教室に戻しました 。

 そしてみんなに、

「うん、彼女はね、いい財布だな、欲しいなって思って見たって。

でも戻したって言うから彼女じゃない。

俺たちみんな家族だろう。

うん、ここまでにする。

もう終わり、こんな嫌なことは」

と言ってそれで終わりにしました。

 昨年の三月三日はその子たちの卒業式でした。

夜間高校は四年間です。

卒業式が終わった後、彼女が

「先生、三階の図書室に来てください」

と僕を呼びました。

僕はもう事件のことは忘れていました。

三階の図書室に行ったら、彼女が「先生これ」って茶色い封筒を渡してきました。

中には五十枚の千円札が入っていました。

 それからも彼女のお母さんは入退院を繰り返して、ずっと生活保護を受けていました。

彼女は三つのアルバイトをして十万円近いお金を稼いでいたんです。

でもご存じの通り、生活保護は十万円のお金を稼いでも、八万七千円程度の生活保護費が切られます。

十万円稼いでも一万二、三千円ほどの上乗せにしかならない。

それでもその分お母さんに楽させたいと頑張ってた子でした。