「念仏のうちに千の風」―いのちの尊さ・医学・仏教音楽からー(上旬) 私も生まれる前に戦争中を生き残っていた

======ご講師紹介======

姜 暁艶(ジャン ショウイエン)さん(二胡奏者)

☆ 演題 「念仏のうちに千の風」―いのちの尊さ・医学・仏教音楽からー

中国、大連市出身。

1997年、広島大学医学部の客員研究員として来日。

2002年には医学博士号を取得。

以来、日本全国やアメリカで医学・仏教講演と二胡演奏を通じて「いのちの尊さと平和」「心の豊かさと癒し」などをテーマとして幅広い活動を展開している。

また、二胡が奏でる仏教讃歌の第一人者として、CDアルバム「願」「慈響」「めぐみ」「輝けいのち」をリリースしている。

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 ホテルから桜島を見ると、山の上に水蒸気がゆっくりと空に上がっていました。

私は温泉に入ってその水蒸気をじっと見ながらいろんなことを思いました。

この山はいつ噴火するのか、あるいは静かになるのか。

そんなことは誰も予測できませんね。

 観光客の中には、自分たちが来た時に噴火しているのを見たい人もいるでしょう。

でも、ここに住み生活している人たちは、どのようにあの山を見ているのでしょうか。

大噴火したら困るはずです。

私たちは、物事をいろんな立場から見ています。

一つのことでも見る目が異なれば悲しさ、幸福感も人それぞれに異なるんですよね。

 私は中国の大学病院で、十年間臨床の仕事をしてきました。

病院には毎日多くの患者さんが救急車で運ばれてきます。

私の専門は心臓内科です。

心筋梗塞、心不全などの救急処置を要する仕事ばかりですが、助けるために毎日走り回って、いのちが助かったときは本当に良かったという達成感があります。

 でも、いくら頑張ってもどうにもならない時もあります。

特に、若い人のいのちが失われていくときは、悔しい思いばかりです。

今、世の中には自殺や殺人事件などが数多くあります。

中国でもそういった事例は日本の数倍あり、私も仕事の中で、毎日死と向き合っていました。

 皆さんは「死」に対して、なかなか実感のわかない、遠いことのように思われるかもしれませんが、実際はそうではありません。

例えば、女性が妊娠して子どもを授かったとします。

どんな子どもが生まれてくるだろうかと不安に思うこともあるでしょう。

 しかし、中には障害を持って生まれてくる子どももたくさんいます。

妊娠して約一年という辛い期間を過ごしたお母さん方を見ると、悲しい思いがします。

そんな時、もっと早くにわかっていれば流産していたのにと思うかもしれません。

でも、いのちはそんな簡単なものではありません。

生まれた子どもは親を選ぶことは出来ません。

いのちというのは、実に不思議です。

 私たちは今日、平和な時代に生まれてきています。

戦争中に生まれなくて良かったと思う人はたくさんいるでしょう。

私も、戦争のときに生まれていたら、生きてはいなかったかもしれません。

しかし生まれていなくても、私のいのちはその時代をくぐり抜けていたのです。

 実際に戦争の時代を生きたのは両親です。

いのちは連綿とつながっているものととらえますと、両親が戦争の中でも、お互いに欠けることなく私を産んでくれたということは、私もまた、生まれる前に戦争中を生き残ったということになります。

そう思うと不思議なものだと感じます。