「権化(ごんげ)」

「悪の権化」

とは言いますが

「善の権化」

とはあまり言わないようです。

しかし、元来は同じ語から出た

「権現(ごんげん)」

の方は、神仏を指す語として善い方の意味で使っています。

「権現さま」

と言えば、江戸時代以来、神格化された徳川家康を指すのが通り相場です。

このように、権化と権現とが何となく善悪の二方に分かれて使われるのは、権化の

「化」

が魑魅魍魎(ちみもうりょう)といった化け物のたぐいを連想せしめるからなのでしょうか。

権化という言葉は、元は仏教の用語です。

「権」

「権実(ごんじつ)の権」、

すなわち仮のもの、一時的に説く仮の教え(方便)を意味します。

これに対する

「実」

は本当のもの、永久に変わらぬ真実の教えを意味します。

したがって

「権化」

というのは、真実である仏や菩薩がその通力によって仮の姿で化現することであって、特に悪い方面に傾いた言葉ではなく、むしろ元来は善い方面の言葉です。

「悪の権化」

といった使い方も、目に見えず形のない悪というものが、人の姿をとって化現したという意味では、元来の意味に適合していると言えますが、化現する実が仏ではなくて悪だということは大いに考えなくてはならないようです。

権現も権化と同じ意味ですが、この語は、時に衆生済度(生命あるもの一切の救済)の思想に結びついています。

真実の法身(ほっしん)が仏の姿や菩薩の姿、その他種々の姿に化身して衆生を救済するために現れること、また現れたその姿を意味します。

明治の神仏分離政策までは日本の各地に鎮座していた

「権現」

も、法身という目に見えない実が、仏とか菩薩という目に見える姿をとって現れるという語の本来の意味を拡大解釈して使用したものです。

日本の古来の神々も、仏さ菩薩が日本の衆生を救うために化身して現れたものであるという解釈(いわゆる本地垂迹説)に基づいています。

徳川家康を

「権現さま」

と呼ぶのは、こういう拡大解釈をさらに拡大して人間に使用したものと言えます。