「教行信証」の構造11月(前期)

周知のように、親鸞聖人の主著は

『教行信証(正式には「顕浄土真実教行証文類」)』

です。

したがって、その教えに直接ふれるためには、この書物を読むことが一番の方法だと考えられます。

ところが、この書物は漢文で書かれている上に、親鸞聖人の深遠な思想が説かれているので、その全てを理解するためには、最初から丁寧に読み進めていく必要があります。

けれども、それでは膨大な量になってしまいますので、今月と来月は

『教行信証』

の構造という点に絞って考えてみることにしたいと思います。

さて、

『教行信証』は

「教巻」

「行巻」

「信巻」

「証巻」

「真仏土巻」

「化身土巻」

の六巻から成り立っていますが、最終巻の

「化身土巻」

の最後に

「後序」

と呼ばれている箇所があります。

そこに、

「しかるに愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す」

という文章が出てきます。

「建仁辛酉(けんにんかのととり)の暦」

というのは、親鸞聖人が二十九歳の年です。

親鸞聖人は、それまで九歳の時から二十年間比叡山で学問に、修行に一心に励んでこられたのですが、学問に励めば励むほど、修行を積めば積むほど、迷いが消えるどころか、むしろ迷いの消えない自身のありように苦しみ悩んでおられました。

そこで、比叡山を下りて、当時吉水で念仏の法門を開いておられた法然聖人のもとに教えを請いに行かれました。

そして、それまで学んで来られた教えの全てを投げ棄てて、法然聖人の教えである第十八願の教えに帰依されたのですが、その時の経緯がこのように述べられているのです。

「雑行を棄てる」

というのは、言い換えると、法然聖人に出遇われて、これまで親鸞聖人の心にあった悩みの原因が何であったかが、この時はっきりと分かったということです。

つまり、疑問に思っていたことが、全てはっきりと分かった、そういう体験をここでされたのです。

この自分の心の中で明らかになった一点を、論理的あるいは体系的に示されたのが、その主著といわれる

『教行信証』

だといえます。

それでは、その明らかになった点とは何かというと、末法の時代に生きている自分、すなわち末法の凡夫が悟りを得る、その構造であったといえます。

それは、いかにして末法の凡愚が証を得ることが出来るか、その構造を明らかにされたのが

『教行信証』

なのです。

ここで私たちは、仏教を学ぶ時に、常に自分は仏教に何を求めようとしているのかを、はっきりと確かめておく必要があります。

簡単に言うと、仏教とは

「釈尊が人々に対して仏になる道を教えているもの」

です。

そうしますと、私たちが仏教を学ぶということは、自分自身が仏になる道を学ぶということになります。

したがって

『教行信証』

は、その一点をとことん突き詰めた著述だといえます。

このことから親鸞聖人とは、仏教の本当の姿をどこまでも真摯に突き詰められた方だということが窺い知られます、

さて、今この

『教行信証』

の中で問題になっていることは、私たちの一番の関心事である世俗の生き方ではありません。

その世俗の問題を否定すること、むしろそういうことが迷いの原因になるのだということの上に成り立っているのですから、親鸞聖人の教えに対して世俗の問題を問いかけたとしても、当然のことながらそこには私たちが期待しているような答えは出てきません。

『教行信証』

を読むにあっては、先ずここのところをはっきり理解することが大切です。

たとえば、世界の繁栄ということを考えて

「いったいどうすれば世界が栄えるのか」

ということを親鸞聖人の教えに求めても、そこから答えは何も出てきません。

あるいは、今日の日本の国家が抱えている政治や経済、国際関係などの諸問題を尋ねても、直接的な答えを得るということは困難です。

さらに、もっと身近に、私自身が生きていく上においての、いわゆる幸福論、つまりいかによく生きるかということについての理想的な生き方を尋ねても、やはり同じことだと思われます。

しかし、それなら

「親鸞聖人は世俗の幸福ということを全く無視されたのか」

という疑問が生じるかもしれませんが、そういうことを『教行信証』の中では語っておられないということを述べている訳で、決して無視しておられるということではありません。