「他力本願」(下旬)安心して生きる

救助信号であることを2人で確認し、倒れた11人の頬を叩いて起こした。

「おい、あの音を聞け」。

その13人の耳に

「必ず助ける、我にまかせよ」

と親の呼び声が聞こえてきた。

その瞬間、13人はやせこけた身体をぶつけ合うようにして、

「おい、助かったんだ」

と喜んだ。

これを浄土真宗では

「信心決定(しんじんけつじょう)」

と言います。

親鸞聖人がおっしゃっておられます。

「死んでからはいいです。

今生きている時に、安心して生きる道を教えてください」。

簡単に言うと

「信心定まった時に往生定まる」

これが親鸞聖人の教えの要です。

死んでからではないんです。

今生きている時に救われる身になるんです。

13人のゴムボートはまだ貨物船に乗っているのではありません。

けれども必ず助かる身になったから喜んだんです。

ゴムボートに近づくと、船長が

「日本に連れて帰ってやるから、1人50万円ずつ出せ」

とは言いません。

これが

「注文なし、差し支えなし」

ということです。

これも真宗の要です。

「ああしなさい、こうしなさい」

ではないんですね。

お話を聞いてもすぐ忘れる。

お念仏が出ない、本当に浄土はあるのか疑う。

このような私たちであることを阿弥陀さまは先刻ご承知の上で、針の先で突くうような隙もないようにして仕上げてくださったのが

「南無阿弥陀仏」

です。

貨物船では、主立った人がどうやって助けるか相談していた。

13人の若い船員が来て言った。

「船長、私たちが1人ずつ縄梯子を使って降りる。

それで1人ずつ背中に縛りつけて上がりますよ」。

船長は

「この真っ暗闇だ。

過って海に落ちたら浮かばんぞ」。

「そしたら船長、明日朝日が出るまで待ちますか」。

「だめだ。

明日の朝まで待ったら、生きてはおらん。

今すぐ救わなければならん」。

これが

「即得往生」

です。

船の後ろに積んであった起重機を持ってきて、そのさきにコンテナを運ぶネットを付けて、ゴムボートごと救うことになった。

ネットでゴムボートを抱えて、大きな甲板の上に置いた。

船員は毛布を持って待ち、1人ひとりを包んで船の中で一番いい部屋に連れて行った。

熱いお湯で身体を拭く。

そして重湯に塩を入れて飲ませ、ビタミン注射を打って

「よし、しばらく様子を見よう」。

そして助かった13人は懐かしの故郷に一路向かった。

そこには、父がいる、母がいる、夢にまで見た女房や子どもが待っている。

港は大騒ぎ。

「もう漂流して2週間が過ぎ、おそらくサメのエサになっただろう。

もう正月も近いし、しかたがない、合同葬儀をしよう」

と、漁業組合が準備をしていた。

そこへ海上保安庁から電報が入った。

「13人無事救助。

大きな船で29日の朝6時に沖合で止まって合図をするから迎えに来い」。

29日の朝6時というから、家族や漁業組合や関係者が28日の晩から待っていた。

冬の海はなかなか夜が明けない。

6時10分、何も見えない。

6時15分何も見えない。

本当に帰るのだろうかとちょっと不安が横切ったとき、沖合にロウソクのような火がぽっと浮かんだ。

火がだんだん近づいてきて、合図の汽笛が鳴った。

夜が明けた。

家族の人たちは、誰かれとなく冬の海に入っていき叫んだ

「お父ちゃん」。

それが波に乗り風に乗り、13人の耳に届いた。

もうすぐ桟橋に着くから待てばいいのに、待ちきれなかった。

冷たい海に飛び込み、遠浅の海を首までつかりながら浜辺に向かった。

そして波打ち際で親子兄弟抱き合いながら

「父ちゃん生きとった」

「帰ってきたぞ」

と、共に喜び合った。

これが

「倶会一処(くえいっしょ)」

という世界なんです。