「相撲界に入ってから今まで」(下旬)この世界に入ってよかったと思うこと

僕は、中学の時に柔道をやっていましたが、柔道と相撲とでは緊張感が全然違うんですね。

技ありを取られても一本を取れば勝ちになる柔道とは違って、相撲の場合はちょっとでも土俵に手をついたり、足がかえったりしたら、もうその時点で負けになります。

だから、一生懸命稽古して本場所を迎えても、立ち会いで変わられてすぐ負ける相撲もあります。

これは、負けた本人としてもう最悪で、相手に対して

「この野郎、お前こんな相撲はないだろう」

という気持ちでいっぱいなんですよ。

勝ちたいという気持ちが強いからこそ、ぶつかり合いをよけるような相撲を取るんですけども、負け方としてはあんな悔しい負け方はないですね。

でも、そういう楽をして勝つ相撲は長く続くものじゃないです。

僕の場合は、前に出る相撲しか教わってないですから、立ち会いから変化する相撲は、相撲を取った20年間で1回もありません。

これだけは自信を持って言えることです。

むしろそういう器用なことは出来ません。

前に押して出るか、はたくかですよ。

はたくといっても、実は技術がいります。

中途半端にしたら自滅してしまいます。

簡単に見えるけど、簡単じゃありません。

単純なスポーツほど奥が深いといいますが、その通りです。

取れば取るほど、覚えれば覚えるほど、

「ああ、難しいな」

というのが分かるんです。

相撲は、サボろうとすればサボれるから、個人の気持ち次第、とにかく自分で気持ちを込めてやるしかありません。

この世界に入って良かったと思うことがあります。

先ず、ちゃんとした挨拶が出来るようになったこと。

それから、根性がついたこと。

度胸がついたこと。

あとは、辛抱強くなりました。

15歳から今まで、本当に鍛えられてきました。

たとえ強くなれなかったとしても、これを教えて頂けただけでも意味があると思います。

途中で辞めていった人も

「相撲の土俵の緊張と比べたら、ぶつかり稽古の苦しさに比べたら、他の仕事なんてたいしたことない」

と、みんな同じように言います。

そういう気持ちで、第二の人生を頑張っています。

入門者の中には、挨拶も返事もまともに出来なかったり、人とまともに目を合わせてしゃべれない子もいます。

でも、この部屋に1年間入れば全部できるようになるんですよ。

挨拶も会話も、日に日によくなります。

これは、その子にとっても非常に良いことだと言えるでしょう。

親御さんも同じことをおっしゃっておられました。

だから、何でも厳しく教えるのは大事なことだと思います。

女性に宝塚があるように、男性に相撲界がある。

そんなふうに、他の社会と違う世界があってもいいじゃないですか。

だから、これからもいい相撲を取るために、もっと相撲界を引き締めててかないといけないなと思います。

以上が、僕が相撲界に入って経験したことです。