「うたのちから」−幸せになるために人は生れてきた−(上旬)『折り鶴』

======ご講師紹介======

梅原司平さん(シンガーソングライター)
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『折り鶴』作詞・作曲梅原司平

生きていてよかった

そりを感じたくて

広島のまちから

私は歩いてきた

苦しみをことばに

悲しみをいかりに

きずついたからだで

ここまで歩いてきた

この耳をふさいでも

聞える声がある

この心閉ざしても

あふれる愛がある

はばたけ折り鶴

私からあなたへ

はばたけ折り鶴

あなたから世界へ

私がこの歌を作ってもう30年になります。

この『折り鶴』の歌を作っていなかったら、私はとっくに歌をやめていたかもしれません。

それがいつの間にか人づてに伝わっていって、やがて学校で歌われるようになりました。

広島・長崎への修学旅行に選ばれた学校。

そして、平和学習の一つとして、あの原爆の像のそばに行っていろいろ学習した後、その周りで『折り鶴』を歌うという学校がいくつもあります。

そんな学校に呼ばれて歌いに行ったりすることもあります。

ときには、たくさんの生徒の前で歌ったこともありました。

でもこの歌はテレビやラジオで流れることはありません。

人から人へと伝わっていきます。

私はそれがいいんだと思います。

いろいろな被爆者のみなさんとの出会いの中でこの歌を作りました。

平和のこともいろいろと考えていくうちに、今年もどれだけの人が亡くなったんだろうと思いを巡らせました。

2011年は、その1年間で5785人の被爆者の方が亡くなっています。

原爆死没者名簿にはトータルで275,230人(広島市)と記載されています。

そうして、ずっと死に続けている人たちについて、井上ひさしさんは

「原爆は今も静かに爆発し続けている」

という言葉を残しておられます。

最近ではオスプレイのことが問題になっています。

インターネットで見ると、新聞やテレビでは報道されない情報もいっぱい出てきます。

東京大学のある教授は、原発問題では安全神話が犠牲を押しつけるために使われた。

そして、沖縄の米軍基地問題では、いわゆる米軍の抑止力論をたてに多くの犠牲者を出している。

「犠牲のシステム」

と、その先生は名付けました。

他人の犠牲の上に基地問題も原発問題もあるんです。

他人の犠牲の上に私たちの幸せがあっていいのだろうか、ということを新聞で問いかけられました。

その通りです。

私も調べてみたのですが、57年間で沖縄で起きた事件や事故はなんと266,805件あります。

そのうち、死亡者は1,084人もいるということが分かりました。

これだけ沖縄の人が苦しんでいる。

もう嫌だというのは当たり前でしょう。

こんな話をしながらコンサートをやると

「あなたは何でそんなことをいろいろ言いながらやるのか。

歌だけうたっていれば、いいじゃないか」

というようなこともよく言われたりします。

でも、それをなくしたら、自分は自分でなくなってしまいます。

そんなことをつくづく思いながら、今までやってきました。

シャンソンでもロックでも同じです。

さまざまな思いから歌は作られています。

私もいろんな出来事や被爆者の人たちとの出会いを通して『折り鶴』という曲を作ったんです。