小説 親鸞・乱国篇 唖の世 11月(4)

「私は、外で待っていましょう」と、宗業はいった。

「そうか」範綱は、ちょっと、考えていたが、眼の前の、青蓮院の小門を片手で押しながら、

「じゃあ、今日は、わし一人で、ご拝謁(はいえつ)してこよう。

すぐに、戻ってくるからな」と、中へ、隠れた。

宗業は、塀の外をしばらくぶらぶらしていたが、やがて、鍛冶ケ池のそばへ行って、雑草の中の石に腰をおろし、鮒かなにか、水面をさわがしている魚紋に見とれていた。

時々、顔を上げて、

(まだか)というように、青蓮院の方を、振り向いた。

そこから見ると、青蓮院の長い土塀と、土塀の中の鬱蒼(うっそう)とした樹林は、一城ほどもあって、どこに伽藍(がらん)があるのか、どこに人間が住んでいるのか、わからなかった。

「和歌(うた)の話になると兄上は好きな道だし、大僧正も、わけてご熱心だから、つかまると、すぐには帰れまいて」宗業は、退屈のやり場をさがしながら、兄と、慈円僧正とが、世事を忘れて、風雅を談じている姿を、瞼にえがいた。

僧正はまだ若かったが、山門六十二世の座主であり、法性寺関白忠道の第三子で、月(つき)輪(のわ)禅定兼(ぜんじょうかね)実(ざね)とは兄弟でもあるので、粟田口の僧正といえば、天台の法門にも、院や内裏の方面にも、格別な重さをもっていた。

テーン、カーン、

槌(つち)の音がする。

白い尾花の中に、屋根へ石を乗せた鍛冶屋が見えた。

尾花の中から痩せ犬が、野鼠をくわえて駈けて行く。

犬は、一軒の鍛冶の床下へもぐりこんで、わん!わん!遠くから、宗業へ向かって吠えるのだった。

この野原の部落には、三条小鍛冶という名工がひところ住んでいて、それから、ここの池の水が、刀を鍛(う)つのによいというので、諸国から、刀鍛冶が集まって、いつのまにか、一つの鍛冶聚落ができていた。

そして、下手くそな雑工までが、粟田口の某(なにがし)だの、三条小鍛冶某だのと、銘を切って、六波羅武者に、売りつけていた。

「なるほど……。

今の世には、書をかくより、歌をよむより、刀を鍛(う)つ人間のほうが、求められているとみえる」一軒の鍛冶小屋の前に立って、宗業は、漠然と、鍛冶のする仕事を眺めていた。

真っ黒な小屋の中には、あら金のような、男たちが、鞴(ふいご)をかけたり、炭を焚いたり、槌を振ったり、そして、

テーン!カアーン!火花を、鉄敷(かなしき)から走らせていた。

あっちの小屋でも、こっちの仕事場でも、無数の刀が、こうして作られている。

――やがて、この刀が、何につかわれるのかを考えると、気の弱い宗業は、怖しくなって、そこに立っていられなかった。

「おウい」振り向くと、兄の範綱が、青蓮院の方から、駈けてくるのが見えた。

宗業は、救われたように、

「御用は、済みましたか」

「いや、やっと、お暇(いとま)を告げてきた。

午(ひる)にもなるゆえ、食事をして行けと、仰せられてな、弱った」と、範綱は、貴人の前にひれ伏していた窮屈さから解かれて、伸び伸びと、晩秋の明るい野を、見まわした。

※「鞴」=火をおこすための送風器。たたら。

※「鉄敷」=金属をきたえるのに使う、鋼鉄製の台。かなとこ。