小説 親鸞・乱国篇 唖の世 11月(8)

 それからまた、

「天に口なし、人をもっていわしむ」文覚は、よけいに声を張って、尾いてくる群衆へ、朗々と歌って聞かせた。

宝財永劫の珠ならず

位冠栄衣も何かせん

民の膏血(あぶらち)に灯をともして

奢りの華ぞあやうけれ

明日にしもあれ一あらし

あらじと誰か知るべきや

「こらッ」竹棒は檻車を撲(なぐ)って、

「歌をやめんと、水をかけるぞっ」

「かけろ」文覚は、動じもしない。

「――俺を捕らえて、伊豆へながすなどとは、野に、虎を放つものだ。あわれや、平家の末路は見えたっ」

「走れ」役人は、牛飼へいって、牛を走らせた。

軌(わだち)が、すさまじい地ひびきを立て、そして、漠々(ばくばく)と、黄いろい土ぼこりを、群衆の上へ舞わせた。

「――この夜に、無限の栄華はない。

いわんや、平家においてをや。

民よ、大衆よ、気を落さずに、世の変わるのを待てっ!」

「わあっ」民衆は、どよめいて、

「変れっ、改革(あらた)まれ」発狂したようにさけんだ。

びし、びし、と鞭におわれて、檻車を曳いてゆくまだらの牛は、尾をふって、狂奔してゆく。

文覚は、遠ざかる人々へ、

「おさらば」群衆も、眼に涙をためて、

「おさらば――」埃で、陽が昏(くら)くなった。

「ああ」と、力なく、草いきれのような嘆息(ためいき)が、そこやここに聞こえる。

そして、人々が見聞きしたうわさを持って町の方へ流れて行くと、その間を、例の六波羅童が、しきりと、小賢しい眼をして、罪を嗅いであるく。

「どこへ、お出たのか」

「こっちでもないらしい」三人の寺侍だった。

いちど、鳥居大路へ、群衆と一緒に、もどって行ったが、また引っかえしてきて、

「これだから困る」

「あの御曹子には、まったく、手を焼いてしまう。

外出(そとで)は、禁物だ」誰をさがしているのか、きょろきょろと、走ってきて、

「あいや。

率(そつ)爾(じ)でござるが――」と、並木の下で、ばったりと会った範綱と宗業の兄弟に、少し息をきって、唐突に、たずねた。

「なんですか」宗業は、足をとめた。

「このあたりで、十四、五歳の御曹子を、お見かけになりませんか」

「さ?」兄を、ふりかえって、

「見ましたか」

「いや」範綱が、かぶりを振ると、三名の寺侍は、彼の方を見て、また、言葉の不足をつぎたした。

「――御曹子と申しても、実は、鞍馬寺の預かり稚子でござるゆえ、ちと、身装(みなり)にも、特徴があるし、体は、年ごろよりは小つぶで、一見、きかないお顔をしているのですが」

「知らぬの」兄弟(ふたり)とも、そう答えた。