小説 親鸞・紅玉篇 1月(1)

下婢も、下僕(しもべ)も、仕事が手につかないように、厨(くりや)を空にして外へ出ていた。

箭四郎(やしろう)は、牛小屋の牛を世話したり、厨や湯殿の水汲みをする雑人だったが、やはり心配になって、井口の筧(かけい)に、水桶を置きはなしたまま、

「於(お)久里(くり)どん、和子様は、見つかったかい」

築地の外を、うろうろしていた下婢の於久里は、首をふって、

「どこにも――」

と、昏(くら)い顔をした。

「見えぬのか」

「うん……」

「ふしぎだなあ」

箭四郎は、於久里とならんで、腕ぐみをしていた。

この頃、しきりと、洛外のさびしい里を脅かしている風説が胸の底にさわいでくる。

それは、洛外ばかりでなく、どうかすると、白昼、玄武や朱雀の繁華な巷でも行われる

「稚子攫(ちごさら)い」

のうわさである。

巷の説によると、稚児攫いを職業にする悪者は、男の子ならば室の津の唐(から)船(ふね)へ売りわたし、眉目(みめ)よい女子だと京の人々が、千里もあるように考えている東(あずま)の国から那須野の原をさらに越えて、陸奥のあらえびすどもが京風(みやこ)の風をまねて文化を創っている奥州平泉の城下へ遠く売りとばされてゆくのだという。

それを思い出して、

「もしや、稚子さらいの手にかかったのじゃあるまいかなあ」

箭四郎がつぶやくと、

「そうかもしれない」

於久里も、かなしい眼をした。

だが、すぐに二人の眸が、

「おやっ」

と、かがやいた。

「介だ!」

箭四郎が、突然さけぶと、

「おっ、和子様がっ」

於久里は、転ぶように、木戸のうちへ、駆けこんで行った。

「和子様がもどった」

「和子様」

「和子様」

館のうちにつたわる狂喜の声が、外まできこえた。

「介ッ。

介ッ」

箭四郎は、両手をあげて、呼んでいた。

十八公麿を背に負って、野をななめに、草を蹴って駈けてきた侍従介の顔には、すこしばかり血がにじんで、水に突っこんだように襟くびにまで汗がながれていた。

「箭四っ。

うしろを閉めてくれっ」

あえぎ声でいって、築地の中へ飛びこんだ。

箭四郎は、介にいわれた通り、そこを閉めた。

西の木戸も、表門のくぐりも、硬く閉めておくようにと介はいいつけながら、奥の庭へ駈けて行った。

「おお」

階梯(きざはし)のうえに見えた吉光の前は、介が、十八公麿を下ろすのも待たないで、駈け下りてきて、わが子を抱きとった。

そのまま廻廊の上に戻って抱きしめたまま暫くはうれしいのと緊(は)りつめた心のゆるみで、泣きぬれているのであった。

「和子」

やがて、頬ずりの顔を離すと、母は、心のうちとは反対に、すこしきびしい眼をして、

「この母も、叔父様も、どのように案じていたことか。

つねづね、よう教えてありますのに、なぜ、一人で外へなど出ましたか」

と、叱った。