小説 親鸞・紅玉篇4月(2)

孟子、老子、五経、論語と、十八公麿の学業が目ざましい進み方で上がってゆくのを見て、寿童丸を餓鬼大将にする学舎の悪童連は、

「あいつ、生意気じゃ」

と、いよいよ、仇敵視して、

「びんぼう車の机は、このガタ机でたくさんじゃ」

と、脚の曲がった机とすりかえたり、草紙筥(そうしばこ)の中に、蛙をひそませて置いたり、襟元へ、松葉をそっと落したり、墨や筆をかくしたり、あらゆる悪戯をもって、挑戦しかけた。

だが、十八公麿は相手にならなかった。

「こいつ、唖か」

と、寿童は、いった。

二歳まで、ものをいわなかった十八公麿は、今でも時々、そのころのように、唖になった。

どんな声にとり巻かれても知覚がないように澄ましていることがある。

いよいよ、悪童たちは、莫迦(ばか)にした。

「おい、きょうは、あいつを慰んでやろう」

発議は、いつも、寿童丸であった。

「どうするのじゃ」

「帰りは、いつも、糺の原で日が暮れる。

あの辺を、びんぼう車の通るのを待ち伏せして、四方から、野火焼きしてやるのじゃ」

「おもしろい」

乾いた風が、北山から吹きなぐって、屋根の石に、ときどき、霰(あられ)のような音が走り、冬の雲が、たそがれの空をおそろしく迅(はや)く翔(か)けている。

「和子様、お風邪を召されまするな。何ぞ、車のうちで、被(かず)いておいでなさいませ」

供は、介が一人だった。

牛曳きが一人。

日野の学舎を出て、ぐわらぐわらと、夕霜の白い草原を走らせてきた。

車のうちでは、廉をあげて、書を読む声が聞こえる。

往きと、帰りと、十八公麿は、書を読んでいた。

もう、星が白く、地は暗かった。

それでも、寒風に顔を出して、書を手から離さないのであった。

「あ……」

牛飼は、立ち竦(すく)んだ。

行くに当って、大きな炎が、真っ赤に、大地を焦(や)いていた。

この風であるし、萱原(かやはら)であるし、まるで、油をそそがれたように火はまわる。

「牛飼」

「へい」

「横へ曲がれ。

少し、遠くはあるが、道はあろう」

介は、煙に咽(む)せながらいった。

車は、すこし戻って、石ころの多い萱原の小道を西へ駈けた。

するとまた、

「駄目だっ」

「なぜ」

問うまでもない。

介の眼にも、すぐわかった。

そこら一面も、焼けているのだ、後へ戻ると、そこにも火、あちらにも火、車は、みるまに十方の炎につつまれて、立ち往生してしまった。

「わはははは」

「あはははは」

どこかで、嗤(わら)う声がした。

真っ黒な煙を、天飆(てんぴょう)から、たたきつけてくる。

十八公麿は、車の中で、しきりと、咳声(せき)をして苦しがっていた。

「さては、成田兵衛の小せがれだな」

介は、もう許せないというように、太刀の柄をにぎって、笑い声のした萱の波へ躍って行った。