古びた青銅瓦の山門を仰いで、
「ここでよい」
介は、牛飼に、車を止めさせた。
そして、間近う、
「お館さま。青蓮院でございまする」
と、箱の廉(す)にささやいた。
轅(ながえ)には、鷺脚(きざあし)の榻(とう)を据え、前すだれの下には、沓台(くつだい)を置く。
「先へ」
「はい」
と、十八公麿が、片脚をそっと下ろした。
藤むらさきの袴に、うす紅梅の袖を垂れる。
介は、抱き下ろして、美しい塗靴をその足にはかせた。
家計のくるしい養父の範綱が、きょうばかりは、車も飾らせ、十八公麿の小袖も沓も何から何まで、清浄で新しいものを身につけさせた。
【きょうが、この子の俗世最後の日――】と思うてのことである。
介が、門を訪れて、僧正の在否を問うと、
「おいで遊ばします」
と、寺侍が、山門から、内玄関へと、走ってゆく。
「よいお寺――」
と、十八公麿は、しきりと、そこらを見まわして、他愛がない。
「よかろう、僧院は」
「ええ」
うなずいて、佇んでいるそばへ、鶺鴒(せきれい)が下りて、花の散っている泥土の水に戯れている。
「六条どの、お通りあれ」
廻廊の階(きざはし)に、寺僧や、侍たちが、立迎える。
誰も彼も、十八公麿の愛くるしさに、微笑をもった。
「おいくつ?」
と、ささやく者がある。
「九歳です」
青蓮院の廻廊は長かった。
そこからまた、橋廊下をこえると、さらに寂とした僧正の院住がある。
むら竹の葉がどこからか欄や蔀(しとみ)に青い光を投げている。
鶯(うぐいす)がしきりと啼く野である。
せんかんと泉声(せんせい)が聞えて、床をふむ足の裏が冷々とする。
僧正とは、天台座主六十二世の座主、慈円和尚のことである。
月輪関白の御子であり、また連枝(れんし)であった。
介は、廊下の端に座る。
範綱と、十八公麿とは、大柱の客間をもう一間こえて、東向きのいつも、拝謁(はいえつ)する小間まで通って平伏していた。
粟田山の春は、その部屋いっぱいに香(にお)って、微風が、龕(がん)か、瓔珞(ようらく)か、どこかの鈴(れい)をかすかに鳴らした。
「六条どのか」
声に、おそるおそる、頭を上げると、慈円僧正は、そこの襖(ふすま)を払っていた。
若い、まだ二十七歳の座主であった。
あいさつをのべると、
「ほ……」
すぐに、眼をみはっていうのである。
「きょうは、お子連れか」
「お見知りおき下さいませ。
猶子、十八公麿と申しまする」
「ふーム」
にこやかに、唇(くち)で笑う。
範綱は、十八公麿の水干(すいかん)の袖をそっとひいて、
「僧正さまですぞ。ごあいさつを申しあげなさい」
「はい」
十八公麿は手をついて、貝のような白い顔をあげた。
慈円と彼と、師弟の縁をむすんだ初めての眸(ひとみ)である。