大盗篇 あられ 2014年7月16日

「蜘蛛太じゃねえ、俺だよ」

外で再びいうと、

「あ、平次か」

起ってきて一人が内から腐りかけている戸をがたぴしと開ける。

家のうちに充満していた炉の煙は疾風(はやて)のようにむうっと軒から空へ逃げて行った。

「遅かったなあ兄弟」

中でごろごろしている仲間の者たちが等(ひと)しくいうと、寒空に曝(さら)されてきた赤ら鼻を煤(く)べるように炉へ向って屈(かが)みこんだ二人の手下は、

「あたりめえよ、汝(てめえ)たちみてえに、飲んじゃ怠けているのとは違わあ」

誇るように、自分たち二人で盗んできた小銭や笄(こうがい)を出して、頭領の四郎のまえへ並べてみせた。

誉(ほ)められるかと思って期待していると、天城(あまぎの)四郎は眼もくれないで、

「これが仁和寺へ行った稼ぎか」

「へい、昼間仕事で、案外うまいこともできませんでしたが、それでも、撒(ま)き銭を拾ったやつの袂(たもと)を切って、これだけ掻(か)っ攫(さら)ってきたんで」

「ばか野郎っ」

呆っ気にとられた子分の顔を見すえて、四郎は酒をつがせながら、

「誰が、こんな土のついた小銭などを拾ってこいといった、仁和寺で働いてこいといったのは、今日、供養塔の棟上げをした長者が必ず寺へ大金を納めたにちがいないから、それを奪うか、または長者の親族たちが、それぞれ贅沢な持物や身(み)装(なり)をして来ているだろうと思って汝(てめえ)たちにいいつけたのだ。誰が、こんなはした金を持ってこいといったか」

眼の前の物をつかんでそれへ叩きつけた。

そして、おそろしく不機嫌な顔に、酒乱のような青すじを走らせて、

「やい、酒を酌(つ)げ」

「頭領(かしら)、酒はもうそれだけです」

「酒もねえのか」

いよいよ、苦りきって、

「なんてえ不景気なこった」と、つぶやいた。

戦がなくなってからは彼らには致命的な不況がやってきた。

女をかどわかしたり民家を襲ったり、火を放(つ)けたりして、小さい仕事をしても、何十人もいる野盗の一族ではすぐ坐食してしまうのだった。

それに都会の秩序がだんだんに整ってきて、六波羅の捕吏(やくにん)たちの追うこともきびしくなった。

一(ひと)頃(ころ)ならば市中(まちなか)の塔や空寺(あきでら)でも堂々と住んでいられたものが、次第に洛外に追われて、その洛外にも安心しては棲(す)めなかった。

「蜘蛛(くも)太(た)だよ、開けてくれ」

その時また、戸をたたく者があった。

子分のうちの侏儒(こびと)の蜘蛛太がどこからか帰ってきたのである。

四郎は待ちかねていたように、

「はやく開けてやれ」といった。

そして入ってきた彼のすがたを見ると、

「蜘蛛か、どうだった?」

「親分、だめでした」

蜘蛛太は悄(しお)れたが、

「その代りに、おもしろいことを聞き込んできましたぜ」

と、怪異な顔をつき出した。