小説・親鸞 火(か)焔(えん)舞(ま)い 2014年12月13日

大きな唇をむすび、顎(あご)をすこしひいて、けいけいと邪智のかがやく眼をすえながら、四郎は考えこんでいた。

そして呻(うめ)くように、

「そうか。したが綽空がそんな所にただ一人で草庵をむすんでいるのはすこしおかしいぞ。聖光院の門跡の位を捨て、吉水の房にかくれ、またそこから一人で通うなどとは何か曰(いわ)くがありそうじゃないか」

「ひとつ探ってみましょうか」

賢(さか)しく蜘蛛太がいうと、

「そうだ、俺が出かける前に、彼奴(きゃつ)の痛いところをつかんでおけば、なおさら都合がいい」

「じゃあ二、三日待っておくんなさい。きっと何か突きとめてくる」

酒は乏しくなりかけたが、焚(たき)火(び)の焔(ほのお)はいよいよさかんであるし、明日の的(あ)てもついたという理なので天城四郎初め元気づいて、なお蛮歌と乱舞をそれからも夜の四(し)更(こう)にかけて続けていたが、やがて見張役の下っ端が、遠くから

「警吏(やくにん)が来たっ」と、呶鳴(どな)ると、

「なに、警吏(やくにん)だと?」

狩(がり)矢(や)が、途端に二、三本、ひゅっと彼の耳のそばを唸って通った。

ばたばたと起って、いっせいに焚火の火を踏みにじるが早いか、暗澹たる煙(けぶり)の低く立ち迷う中を、見るまに、それだけの人数が一人も余さずどこかへ逃げ散ってしまった。

その敏速なことといっては、到底、警吏(やくにん)などの及ぶところではない。

だが、警吏(やくにん)と見たのは、まったく手下の錯覚(さっかく)で、事実は、如意ヶ岳の尾根を通って、これから朝(あさ)陽(ひ)のでるころまでに峰へかかろうと隊伍を組んでゆく十人ほどの狩猟夫(かりゅうど)の連中だった。

そのうちの二、三名が、野の火をながめて、

「また土(ど)蜘蛛(ぐも)めが、この世をわが物顔に踊っているわい。一つ脅(おど)してやろうか」

商売物の太い猪(しし)矢(や)をとって、ひょっと四、五本お見舞申したのであった。

煙のごとくかき消えた賊の影はいったいどこへ行ったかと思うと、曠(こう)野(や)のそれぞれな要所に潜(もぐ)りこむ穴があって、寒さをしのぐにも不足はなかった。

ぐっすりと寝たいだけは眠ったであろう、その翌る日、蜘蛛太はただ一人で、岡崎の綽空の庵から帰ってゆく、一人の被(かず)衣(き)の女を見つけて、しめたとばかりにその後を尾行(つけ)ていた。