親鸞 2015年12月19日

「――鹿ケ谷の坊様たちが斬られなさる」

群衆は、河原へ集まった。

矢来の外へもひしめいて来る。

「おお、あれじゃの」

刑吏の手でひきすえられた住蓮と安楽房のすがたを遠く見て、思わず、

「な、む、あ、み、だ、ぶつ」

口走ると、

「しっ……」

と、傍(そば)の者が袖をひいて、

「お停止(ちょうじ)ですぞ」

と注意してくれた。

「そうだった」

と、民衆は口を抑えた。

「たった一声、唱名をとなえても、厳罰というお布令、あぶない、あぶない」

「弥陀のお力も、お上のご威光には、及ばぬものか」

「時じゃ、時勢じゃ――法然様さえほかのお弟子方と共に、御蟄居(ごちっきょ)といううわさ。御門の前を通ると吉水の元のおもかげもなく、今日このごろは、いかめしい武士(さむらい)や刃物の光ばかり……」

「では、もう上人のお姿は」

「オオ拝めまいぞ。――この世では」

「何という恐ろしいことを見るものじゃ――ああ南無阿」

「これ、気をつけなされ」

「つい、上人様のことを思うと、口から出てしまう。唖(おし)になるのも、難しいことじゃ」

そのうちに、

「アッ……」

人々は足のつま先を立てて矢来へ顔を寄せた。

――見ると、あちらには、住蓮と安楽房の二人の後ろに、刃(はもの)を取った刑吏が廻って、なにか、最後のことばをかけている。

それだけは、獄吏の情けであったとみえる。

二人とも、法衣(ころも)だけは着ていた。

そして、数珠(ずず)も持っていた。

(遺言は)と刑吏が聞いてやったのであろう、住蓮も安楽房も、

(…………)静かに首を横に振った。

カラカラと矢来の竹の先が寒風にふるえて鳴った、しいんと一瞬天地は灰色に凍っていた。

すると一声、安楽房の口から、

「南無阿弥陀仏!」

はっと、刑吏はあわてて、刀を斜めに振り落した。

住蓮も、念仏をとなえた。

しかし、二声という間がなかった。

見るまに、二箇の死骸から血しおが蚯蚓(みみず)のように河原を走って、加茂川へひろがった、草も石もみな赤く染めるかと思うほどひろがって行った。

群集はわれを忘れて、

「なむあみだ仏……」

もうそれは停めようとしても停まらない声であった。

住人や百人が唱えるのではない、あらゆる民衆の口からついて出るのである。

獄吏や役人たちは、苦々しい顔をしたが、どうすることもできなかった。

「――たいへんでございます、鹿ケ谷から四里ほど奥の小屋のうちで、若い尼様が二人、自害して死んでおります」

猟師の駈け込み訴えに、

「それこそ、松虫と鈴虫の局」

役人はすぐ如意ヶ岳へ分け入った。

想像どおり、彼女たちであった。

形ばかりの位牌二つ――住蓮と安楽房の霊に香華をそなえて、水晶の数珠を手にかけたまま美しい死をとげていたのである。

――仙洞御所の逆鱗!

南都、叡山、その他の諸宗諸国の反念仏派は、この時と、なお輿論(よろん)をあげた。

そして功を奏した。

徹底的に、念仏は地上から一掃され、彼らのいうところの法敵吉水は、潰滅を予想された。