親鸞 2016年4月13日

多くの召使もあるうちで、続いて来る者といってはその侏儒しかなかった。

生信房は、

(奇特な男)と思っていたが、やがてだいぶ火の手からも遠ざかり、この辺りならばと思われたので、とある辻堂に人々をやすめさせ、

「これ、そこの男、負うている和子(わこ)を、御堂の縁へ下ろしたがよい」

と、ことばをかけた。

「はい」

と、侏儒は素直に背に負っている子どもを下ろし、そして、生信房の前えつかつかと歩いてきて、

「お頭領(かしら)、しばらくでございました」

と、あいさつした。

「えっ」

愕然と、生信房は、とたんに自分の過去をも思い出した。

「蜘蛛太か」

「へい」

「ど、どうして、こんな所へ……」

蜘蛛太は、自分が以前からここに来ていた境遇をはなして、こよいの火は、自分が悪代官の年景へ向ってなした復讐だと、これも昂然(こうぜん)と、憚(はばか)る色もなくいった。

おどろきと――悲しみの深い吐息のうちに――生信房は聞き終って、やがて、ほろりと涙を流した。

「蜘蛛太……。おまえはまだ、そんな怖ろしい心を持っているのか。あれほどわしがいったのに、まだ悪行をやめてくれないのか」

「頭領――いや生信房様、あっしはあなたが坊さんになる時の意見を、決して忘れていやしません。……だけど、あまりといえば憎い奴――悪い代官――それにおれが恩人とも思っている山吹さまを酷い目にあわすので、つい復讐(しかえし)をしてやる気になったんです、悪いことは重々(じゅうじゅう)知っておりましたが」

「ああ、怖ろしいことをしたものだの。……今となっては追いつかぬが」

「…………」

「だが蜘蛛太、それほどなおまえが、なにゆえに、自分で火を放(つ)けておきながら年景どのの家族について、和子を負ってここへ逃げてきたのか、解せぬ仕業ではないか」

「あなた様が、あの炎のうちに入って、女子どもを救ったり、また、西仏という坊さんが、年景を助けて、共に役所の大事な物を持ち出しているのを見て、なんだか、急に自分が済まなくなったんです。……そしてつくづく考えたのは、やはり火を放けて人の難儀を見ているおもしろさより、火の中へ自分を捨てて人を助けることのほうが、ずっと、おもしろいというのもおかしいが、いい気持がするってことが、初めて分った気がするんです」

「そこへ気がついてくれたか。――だが、遅かった……もう少し早くそこに気がつけば」

といったが、生信房はすぐ、自分があれほどの罪業をなした身ですら、一滴の悔悟のなみだの後には、法然上人と師の親鸞から、そのままのすがたですぐ往生仏果が得られるものだと説かれたあの時のことばを思い出して――

「いや、遅くない、蜘蛛太、さきほどの心があるならば、おぬしはすぐ引っ返して、年景どのの手にかかって、ご処罰をうけたがよい」

「望むところです」

蜘蛛太はいさぎよくいって、再びかなたの炎の下へ向って駈け去った。

そのすがたにはもう仏の光があった。

――生信房は掌をあわせて、彼の行く先に御仏の慈悲あれと心から祈った。