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平成30年5月法話『願われて生まれてきた 育てられてきた』(中期)

私たちは、それぞれ生まれた時から自分の「名前」を持っていますが、その名前は自から名のったものではなく、その多くは親の願いによって名付けられたものです。

一般に親は、子どもが母親の胎内にある時から「このような人に育ってほしい」とあれこれ願い、その期待を込めてわが子に名前をつけます。

そのような意味で、私たちは生まれる前から願われて生まれてきたのであり、そして生まれてから成人するまで、その願いのもとに育てられてきたのだと言えます。

けれども、生まれてから自分の名前を呼ばれることは数限りなくあっても、その度に自分の名前に託された願いを意識することはほとんどありません。

一方、生活していく中で、私たちは自分なりにいろいろなことを願い、その願いをかなえるために日々努力を重ねながら生きています。

その願いの具体的な内容は千差万別ですが、ひとことで言うと、私たちは誰もが「幸せになりたい」と思って生きているのだと言えます。

なぜなら、自分の思いがかなうと「幸せだ」と感じますし、自ら望んで「不幸になりたい」などと思っている人など、どこにも見あたらないからです。

そうすると「幸せになるための努力を積み重ねてきたのが人類の歴史だ」という見方もできますが、では時代が進むにつれて、少しずつでも幸せというものが具体化してきたかというと、どうもそのようには言えない気がします。

確かに、身の回りのことはとても便利で快適になってきましたが、若者を対象に行った意識調査で「将来、今よりよくなると思いますか」という質問すると、「良くなる」という答えは極めて低い数値しか示さないからです。

それは、「今より悪くなる」と考えている若者が多いということです。

確かに、地球の温暖化傾向に伴う気象変動により、世界各地で毎年のように深刻な災害が発生していますし、幸い世界大戦といわれるような多くの国を巻き込んだ戦争は第二次世界大戦以降勃発していませんが、イスラム国に象徴されるテロとの戦いは依然として終息する気配はありません。

国家間でも助け合い支えあうあり方は行き詰まりを見せ、自国のみの利益を追求する在り方が台頭し世界各地に蔓延し始めています。

また、地震国と形容される日本列島では、近い将来予想される大震災の発生とそれに連動する津波による大災害が懸念されています。

さらに、少子高齢化による人口減少とその影響による年金受給開始年齢の高齢化と給付額の減少、消費税も今の8%から来年は10%に上がることが決まっていますが、将来はさらに上がることが検討されるなど、未来における明るい話題はほとんど聞かれません。

そのため、若者への意識調査の結果は、むしろ妥当な数値かもしれないと、変に納得さえしてしまいます。

それでも、私たちは誰もが「生まれてからの願い」を持って生きています。

それは、自分の意識を持ち始めてからの願いと言えますが、その根底にあるのは「自分がかわいい」という思いです。

実は、私たちは生まれてからこれまで、その思いを一歩も離れることのないままに生きているのだといえます。

もちろん、その内容は人それぞれですから、みんな自分中心の生き方に終始することになります。

そのため、小は家庭から大は国家の問題にいたるまで、私たちの「自分がかわいい」という思いは抜き難く、私たちのあらゆる行動や暮らし方を染め抜いてしまっています。

そして、それがぶつかりあう所に争いが生じ、拡大していくと地域間や国家間での戦争という形で顕在化し、自らも傷つき他人も傷つける痛ましい行為が今日まで繰り返し続けられています。

ところで、仏教では人間を「機」という言葉で表現しています。

そして、この機を「微・宜・関」の三つの言葉で教えています。

「機微」とは、かすかなものをもっているもの、意識よりももっと深いところにいのちそのものの願いを持っているものというのが「微」という意味です。

そして、そのかすかなものは具体的には私の上にどのような形で現れるかというと不安です。

思えば、私たちは誰かに教えられたわけでもないのに、何かしら人生に不安を感じることがあります。

この不安とは何かというと「今のあり方は確かか」という問い返しです。

つまり、私の中に私のあり方を問い返すものがあるのです。

漠然とした感覚ではあっても、自分の生き方に不安を感じることがあるのは、おそらく今の私の生き方に「それでいいのか」と、何か問うものがあるからです。

私たちが意識しているのは、「自分がかわいい」という思いだけですが、その私に心の奥の深いところから「不安はないか」と問う意識が、かすかではあるものの確かにあるのです。

次に「宜」というのは、自分に先立って同じ道を歩んでいる人の言葉にうなずき感動する心です。

私たちは、みんな何かに深く感動する心を持っています。

例えば、テレビドラマや映画、スポーツなどを見て感動して涙することがあったりします。

けれども、始めから涙しようと思ってハンカチを握りしめていたりすることはありません。

感動してふと気がつくと、涙している自分に気がつくのです。

それは、頭でうなずいて感動するのではなく、感動している自身に気がつくということです。

これが「宜」です。

そして、気付いた時には、それは必ず歩みになります。

それが「機関」です。

機関というのは、エネルギーとかエンジンのことで、私たちは心の深いところからの促しによってうなずき、感動し、そしてうなずいた事実につき動かされて歩み始めます。

そういう存在として、私たちによびかけられているのが「機」という言葉です。

私たちの「生まれてからの願い」というものは、自分がかわいいということで塗りつぶされ、私たちはその思いだけで生きているのですが、しかしその一人ひとりの心の中にいのちそのものが求めている「生まれながらの願い」があります。

それは何かというと「人びと共に帰することのできる世界を求める心」です。

源信僧都が『往生要集』の中で地獄の様相を述べておられますが、一番深い無間地獄の苦しみを

われいま帰る所なし 孤独にして無同伴なり

という言葉で表しておられます。

「帰る所」とは、同伴者のいる所です。

この「同伴者」というのは、私の喜びを自分の喜びとし、私の悲しみを自分の悲しみとして、共に笑い共に泣いてくれる人のことです。

そうすると「私の人生を共に生きてくれる人が待っていてくれる所」が、私の帰れる所だといえます。

私たちは、誰もが自分でも意識しないような心の深いところで、そのような場を求めているのです。

そのような場を親鸞聖人は「浄土」という言葉であらわされました。

このような意味で、浄土とはすべての者の帰する所であり、すべての存在と敬いあい支えあいながら友として出遇える世界だといえます。

私たちは、親の願いのもとに生まれ育つと共に、その根底においては「人びと共に帰することのできる世界を求める心」、すなわち「生まれながらの願い」を呼び覚まそうとする、仏さまの願いの中を生きているのだと言えます。

悲しみの中にも、阿弥陀如来さまのお慈悲が感じられ

学生時代からお付き合いされていたというご主人を最近亡くされ、今毎週お寺にお参りにみえる女性がいらっしゃいます。

お勤め(お経)が終わった後、いつもお話しをさせていただいているのですが、その女性は、初七日の際「悲しくて、悲しくて、寂しくて、寂しくて、食事も摂ることが出来ません。家にいても泣いてばかりいます」とおっしゃっていました。

ご主人が亡くなられて2週間目、二七日のお参りにおみえになったときも、「一人きりになりました。家の中では泣いてばかり、かといって外出する気持ちにもなれません、悲しくて、寂しいです」と涙されていました。

3週間目、4週間目も同じようなご様子でした。

私は、「愛別離苦(愛するものと別れ離れていかなくてはならない苦しみ)」この計り知れない悲しみにうちひしがれている女性に、「阿弥陀如来さまはどんなときも一緒に悲しんでおられ、一緒に涙してくださっていますよ」。
そして「また必ず会わせていただける極楽浄土を阿弥陀如来さまはおつくりくださってます」というようなお話しをさせいただいていました。

5週間目 五七日のお参りの後に、女性は「実は、私は小さい頃から祖母に連れられて、近所のお寺にお参りに行っていたんです。学生の頃には、仏教青年会にも入っていたんです」と話されました。

そして「もしお経本があるならば購入して、私も一緒にお勤めしたいです」と言われたのです。

大切なご主人を亡くされて、毎週毎週、涙されておられ、もちろん今も悲しみは消えたわけではなく、毎日つらい思いをされていることには変わりはないのでしょうが、一緒にお勤めをしようというお心をもたれたのは、紛れもなく如来さまのお働きに違いないと思わずにはいられませんでした。

満中陰(七七日)法要の際には、一緒に『阿弥陀経』をお勤めさせていただきました。

悲しみの中にも、阿弥陀如来さまのお慈悲が感じられ、少し心があたたかくなりました。

父の背中

歯を磨きながら、「これだけゴシゴシと歯を磨いても、歯が擦り減ってなくなったとは聞いたことがない。

二十km四方の岩を天人の薄い羽衣でサッとなでる。それを百年に一度繰り返し、岩が擦り減ってなくなってしまう時間とはどれほどの時間なのだろうか?」

これは仏典に示されている一劫という時間の譬えです。

一劫が想像及ばないほど長い時間である事が伺えます。

阿弥陀仏が仏さまになられる前、法蔵菩薩と名のられた時に、その五倍である五劫の時間、どうしたらこの私を救えるか深く悩まれ、ご本願をお建てになったと言います。

お正信偈には「五劫思惟之摂受」とあります。

それから願いを成就すべく行を積み、阿弥陀仏となられました。

以前、勉強会で講師の先生から法蔵菩薩五劫思惟像という像があると教えていただきましたので、インターネットで調べてみることにしました。

そしたら頬はこけ、肋骨は浮き出て、骨と皮だけになった法蔵菩薩が片膝を立てて悩まれている写真が出てきて、それは一歩引いてしまうような写真でした。

この写真をみて、頭に浮かんだものがあります。

それは父の後ろ姿です。

中学生くらいまでは温泉にいくことも多く、父の裸を見ていたのですが、高校に上がってから温泉に行く機会もぱったり無くなり、父の裸を見ることもなくなりました。

ある日、「背中が痒いから薬を塗ってくれ」と頼むので、手伝うことにしました。

父は長いこと人工透析をしているため皮膚が弱くなり、よく痒くなるそうです。

服を脱いだ父の上半身は、想像していたものとは異なりました。

めっきり細くなってしまっていました。

背中にはあざのようなものがたくん散らばっています。

恐らく、掻きむしり、カサブタになっても掻きむしったのでしょう。

小さい頃見ていた父の背中とはかけ離れたものでした。

この背中は、病気のせいで細くなったと言ってしまえばそれまでですが、きっとこれは病気のせいではないのです。

これは、私を立派な大人に育てるために大変な苦労し、病気にもなり、ここまで細くなってしまったのです。

そう頂くと、有難いという思いと、こんなになるまで苦労をかけて申し訳ないという思いが浮かんでくるのです。

法蔵菩薩五劫思惟像のあの骨と皮になられた姿は、この私を救うためにこれほど細くなってしまわれたのです。

その有難さと、申し分けなさが私の口から「南無阿弥陀仏」と出てくださいます。

お蔭様で、私もお浄土へ参り、仏になる身にさせていただきました。

合掌

平成30年3月法話 『花びらごとにその色の光かがやく』(後期)

平成27年にNHKにて福岡放送局製作(12作目)の「福岡発地域ドラマ ここにある幸せ」が放映されました。

脚本は岡田惠和氏で、かつてNHK朝の連続ドラマ(朝ドラ)の「ちゅらさん」「おひさま」そして「ひよっこ」(平成29年)を執筆されました。

舞台は福津市津屋崎で、「ここにある幸せ」は私にとってとても印象深い作品の一つです。

ドラマのあらすじをNHKのホームページによりつつ紹介します。

「自分の人生には…、何もない…。」東京に暮らす主人公・立川浩幸(松田翔太)はつぶやいた。

過酷なノルマと人間関係に疲れ、仕事を辞めてしまい、その上、同棲中の恋人からは愛想をつかされ追い出される。

そんな折、浩幸は、小学生時代の級友との約束を思い出し、福岡の小さな港町・津屋崎を訪ねた。

そこで、級友の母親・花田福子から級友の病死を知らされる。

そして、明るくてお話し好きな福子に気に入られた浩幸は、港、干潟、山など、様々な思い出の場所へ連れ回されていく…。

そこでかつての恋愛話や苦労話など、山あり谷ありの半生を聞かされる。

福子は「禍福はあざなえる縄のごとし」「悲喜こもごも」の半生を懐かしみ、笑い飛ばしてしまう。

振り返れば、みんな大切な出来事で無駄なものはなかったとでも言うように…。

そして、浩幸は泣いたり笑ったりしながら自問する。

「生きるってなんだろう?」「なんで福子さんは幸せそうなんだろう?」「自分の居場所はどこにあるんだろう?」・・・だが浩幸は、いつの間にか前向きな力をもらっている自分に気づく。

このようにしてドラマは展開していきます。

私は思いました。

このドラマの心地よさは何だろうかと。

そして私なりに気付きました。

福子さんは、浩幸が抱える生活の行き詰まり感(突然、小学校時代の友達が訪ねてくることからしても推測できる)をそのまま受け止め、そのことには直接に触れない。

浩幸の「僕には何にもない・・空っぽ」とのつぶやきに対しても、教訓めいたアドバイスもしない。

ただ浩幸のそばに寄り添いながら、これまでの人生を認めてくれています。

「あなたはあなたでいいのよ。そのままで」と。~「ここにある幸せ」

「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光 微妙香潔」(仏説阿弥陀経)

「青い花は青い光を 黄色い花は黄色い光を 赤い花は赤い光りを 白い花は白い光りを放ち その香りは気高く清らかである」そのような浄土の世界は、真実のありようを示しています。

多くのいのちに支えられながら咲く花は、まわりの花のいのちと比較することはなく、その花の光の輝きは、お互いを照らし合っているのです。

お互いを認め合い、輝きを増しているのです。

まさしく、過不足なく「ここにある幸せ」に目覚める時、「花びらごとに その色の光が輝く」世界が開けてきます。

しかしながら、現実の日暮らしはどうかというと、多くのいのちに支えられているにも関わらず、「隣の芝生は青い」ではありませんが、自己中心、比較相対の世界で自らを見失い、空虚感の中「自分の人生には何もない。空っぽ…。」と嘆いています。

そんな私に寄り添い「あなたはあなたで輝いていますよ。」と呼びかけてくださる仏さまがおられます。

そこに「私の居場所」があります。

わたしと小鳥と鈴と (金子みすゞ)

わたしが両手をひろげても お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥はわたしのように 地面(じべた)をはやくは走れない
わたしがからだをゆすっても きれいな音はでないけど
あの鳴る鈴はわたしのように たくさんなうたは知らないよ
鈴と小鳥と それからわたし みんなちがってみんないい

お墓のお飾りのお花は生花でなくてもよいのでしょうか?

私が住職をしているお寺でも、ご門徒の方から「お墓やお仏壇のお飾りは生花でないといけませんか」といった質問はよくあります。

結論から申しますと、『生花が望ましい』と言えます。

かつて、お参りは家庭ではお仏壇、外ではお墓が主な対象でした。

ところが、現代ではお仏壇は家庭にはないというところが増え、さらにお墓は実家にあるため、自分はなかなかお参りできず、実家の家族だけがどちらもともにお参りをしているというような状態が増えてきています。

ですから、その中でお仏壇やお墓に生花のお飾りをすることが難しくなってきているようです。

なぜお飾りをするのが難しくなっているのかといいますと、

  1. 生花は枯れてしまう上、夏場は特にすぐだめになってしまう
  2. 枯れてしまうと頻繁にお花を替えないといけない
  3. 生花を買うための費用がかかる

と、いった具合に面倒であるという理由から、簡単に生花を替えられず、さらに遠方であるとお参りも困難であり、より維持することができなくなるといったことから、生花ではなく造花をお飾りすることでそういった欠点を解消できる、というわけです。

事実そういったことはたしかにありますが、それでも生花であることが大切なのにはきちんとした理由があります。

まずお仏壇やお墓にお飾りするお花を『仏花』といいます。

この仏花は阿弥陀様のきよらかな世界の様子を表しています。

そして、その仏花が枯れていく姿をとおして、私たちの命の様すなわち限りあるいのちのありようを伝えているのです。

そのお花をお供えお飾りすることで仏さまにお参りする縁となり、み教えをいただくことができるのです。

お花が枯れるすなわちお花も命を生きているということです。

その姿を通して、限りのある命であるからこそ、限りある花の美しさのように、限りがあるからこそ懸命に生きよ、とみ仏さまのご縁がよびかけていてくださるのですね。

生花が枯れていくからこそ、お花を交換していく必要があります。

替えていく中で、仏さまへのお給仕を通して、仏さまにお参りするきっかけとさせていただいているのです。

ですから、お参りが難しい中でも精一杯ご縁をいただくことを大切に味わう心構えを忘れてはならないのではないでしょうか。

できないことに罪悪感をもつのではなく、自分ができる中で精一杯そのお姿を通して、教えをいただくご縁として大切にお給仕していく心構えを忘れないようにしていきたいものですね。

「父母の孝養」とは

「父母の孝養」という言葉があります。

この中の「孝養」という言葉は、「きょうよう」と読むときは「亡き父母のための追善供養」を意味し、「こうよう」と読むときは「生きている親に尽くす」という意味になります。

親鸞聖人の語録である『歎異抄』の第五章に

親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏もうしたること、いまだそうらわず。

という言葉があります。

この「孝養」は「こうよう」と読みますから、親鸞聖人は「亡き父母の追善供養のために念仏を申したことは一度もない」とおっしゃっていることが知られます。

この言葉だけを読むと、親鸞聖人は亡くなられたご両親に対して、全く追慕の思いをお持ちではなかったかのような印象を受けます。

けれども、親鸞聖人は、ここで亡き父母に孝養すべきか否かを問題にしておられるのではなく、念仏とはどういう世界かということを明らかにしておられるのです。

それは、現代でもそうですが、一般に「宗教(仏教)=亡き人々の追善供養」という形で受け止められていることから、この問題を通して念仏とはどのような教えなのかを伝えようとされたのだと思われます。

そうすると、ここで親鸞聖人が「亡き両親のために一返でも念仏をもうしたことはない」と言われるのは、私たち生きとし生けるものはみないのちが繋がっており、すべてが父母兄弟なのだから、特別自分の親だけに追善供養をする必要はないと考えておられたからだと思われます。

では「父母孝養のために念仏しない」というのは、いったいどういうことなのでしょうか。

その理由を親鸞聖人は「いずれもいずれも、この順次生に仏になりて、たすけそうろうべきなり」と言われます。

この中の「この順次生に仏になりて」とは、善導大師の

本願を信受するは、前念命終なり。
即得往生は、後念即生なり

という言葉を受けたものだと思われます。

「前念命終 後念即生」とは「阿弥陀仏の本願を信じるところに、我執に生きてきた迷いのいのちが終わり、本願を信じるところに阿弥陀仏の浄土に往生することが決定し、本願に生きるいのちが新たに生まれる」という意味です。

つまり「順次生に仏になる」というのは、阿弥陀仏の本願に随順して生きるということなのです。

そうすると、念仏とは父母の追善供養のために称えるものではなく、阿弥陀仏の本願を信じて生きる新たないのちを生きる私になることだということが明らかに知られます。

続けて親鸞聖人は、

わがちからにてはげむ善にてもそうらわばこそ、念仏を回向して、父母をもたすけそうらわめ。
ただ自力をすてて、いそぎ浄土のさとりをひらきなば、六道四生のあいだ、いずれの業苦にしずめりとも、神通方便をもって、まず有縁を度すべきなりと云々

と、述べておられます。

「いそぎ浄土のさとりをひらきなば」というのは、ただ時間的に急ぐということではなく、そのほかに道はない。

つまり「あなたには浄土への道以外にはないのだ」ということを教えてくださっているのです。

そして「まず有縁を度すべきなり」ということですが、これは「自分の身近な縁の深い人」のことではありません。

もしそうであれば、「父母のための孝養(追善供養)はしない」と言われながら、まず身近な人を助けていくのだということになります。

一番近い人はやはり父母ですから、そうであれば「まず有縁」ではなく「まず父母」とおっしゃるはずです。

では、なぜ「有縁」という言い方をされたのでしょうか。

考えてみますと、一番の有縁の存在は、他ならぬこの私自身なのです。

ところが、日頃私たちは、自分と真剣に向き合おうとすることもなく、自身の事実を少しもきちんと受け止めずに生きています。

そして、自分の思いがかなえば幸せになれるのだと未来に夢を見る一方、現実の自分自身の事実からは目を逸らして生きています。

けれども、この私を生きていくのは、やはり私以外には存在しないのですから、私は私の人生に責任があるのです。

したがって、自分の人生を生きるものとして、私は私の人生を本当に受け止める必要があります。

ですから、「有縁を度すべきなり」というのは、「自らに目覚めよ」ということにほかならず、それを抜きにしては父母の孝養ということもないのです。

このような意味で、父母から受け継いだいのちを本当に受け止め、そのいのちを生きていくことに責任を持つ。

このことを抜きにしては、真の意味での「父母の孝養」ということは成り立たないのだと言えます。