ご講師:松倉悦郎さん(元フジテレビアナウンス室専任部長)
私の友人で、東京女子医大の先生をしております熊沢健一さんが、ご自分の奥さんを胃癌でなくされたんですね。
熊沢先生は、かねてから癌の告知には反対の立場をとられていたんです。
ところが奥さんがあと三ヵ月ということになった時に、いろいろ葛藤の末、当時小学生の三人の子供たちとしっかりお別れをさせた方がいいだろういうことで、告知に踏み切ったんですね。
その葛藤、それから告知の時の様子、これが『告知』という一冊の本になっております。
今日は、これを抜粋して皆さんに味わっていただきたいと思います。
朗読というのは非常に奥行きの深いものでございまして、どこまで真意が伝わるかどうか自信がございません。
実は朗読による法話をやるのは二度目でございまして、一昨年長野県で行われましたビハーラの全国大会でやりました。
それ以来でございます。
どこまで皆さんに伝わるかわかりませんが、ご静聴いただきたいと存じます。
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育子に少しでも変化があると、私は来たるべき時が近づいたようで焦りを覚えてしまう。
育子とどうやって別れたら良いのか、子供たちとどうやって別れさせたら良いのか、これが一番の問題だ。
育子にとって告知した方が良いかどうかは一概には言えない。
でも、子供たちの将来を考えたら、やはり告知してしっかりお互いにお別れをするべきだと思う。
子供たちがいくつになっても、自分の母親はこんな人だったと胸を張って言えるためには、母親の生き様と同様、死に様も見ておく必要があると思う。
育子が子供たちに言いたいのは、ママのことをいつまでも忘れないでねということだろう。
だったら子供たちが忘れないようにしっかりお別れをすべきなのだ。
そうだ、私のしなければいけないこと、それは育子に告知をすることなのだ。
病名を告げることだけではなく、死期が近づいていることを告げなければいけないのだ。
そして、子供たちにも事実を知らせて、お互い話をたくさんすることなのだ。
子供たちに母親の思い出を作ってやることなのだ。
やはり言おう。
勇気を持って言わなければならない。
育子に病気のことをすべて言った方が良いと思ったのは、かなり前からであった。
でも、なぜ告知した方が良いのか、などとは考えていなかった。
夫婦の間で隠し事をするのは良くない、と漠然と思っただけだった。
これだけ情報社会になり、癌という病気がどんなものかをほとんどの人が知っているのに、まだまだ告知についての是非は意見が分かれている。
自分は告知してほしいが、身内にはしたくないとか、早期で治る可能性があるなら告知するけど、助かる見込が少ない時は言わない、というのが一番多い意見である。
病人のことは考えず、自分のことを考えたご都合主義なのだろう。