「自然と人間その厳しくも、やさしい関係」(上旬)世界遺産の決め手は最大規模の照葉樹林

ご講師:日下田紀三さん(屋久杉自然館館長)

屋久杉についてはみなさん関心をお持ちだと思うのですが、屋久島の山に自然の状態で育っているスギを屋久杉と呼んでいると思っていただければよろしいです。

植物の分類で行けば、日本中の杉はスギ科スギ属の一種だけだそうです。

ですから、屋久杉の苗を手に入れて皆さんのご自宅に植えますと、ご近所のスギと全く変わらないスギが育ちます。

しかし意外に知られていない点がありまして、実はスギという樹木は外国には無く、日本にしかないそうです。

日本では花粉症のこともあって評判が悪いのですが、世界的に見れば貴重な植物だそうです。

ですから、屋久島が世界遺産に登録されたことにはいくつかの根拠があるのですが、その中のかなり重要な要素は、

「日本の固有植物であるスギという樹木が、大変広い範囲にわたってすぐれた森林を形成していること」

と思っていただければよろしいです。

屋久島が世界遺産に登録されるにあたっては、自然遺産の登録基準というのがありまして、それにどういう点で該当するかということが問われるわけです。

屋久島に関しましては、私ががなり自己流に解釈したのですけれども、どうも三つの点が世界遺産に該当するものとして挙げられると思います。

まずはスギの存在ですね。

それから屋久島に残された照葉樹林が外国も含めて最大の規模らしいということがあります。

そして、さまざまな植生が連続的に展開する垂直分布。

どうもそのあたりが世界遺産の決め手になったと思うんです。

屋久島といいますと、つい屋久杉と思いがちですし、屋久杉の中でも特に縄文杉という巨木をイメージされる方が多いと思います。

ですが、実際は海から山まで様々な要素があって、それらのものが全体の姿として存在しているということが屋久島の大きな価値なのです。

それともう一つ重要なことは、屋久島の森の場合はことのほか人間が関係していることですね。

よそから観光や登山に来られる方は

「屋久島の山は世界遺産にも登録されているのだから手つかずの原生林だろう」

と思い込んでいるのですが、行ってみるとウィルソン株だけが切り株ではなく、ものすごい量の切り株があるわけです。

屋久杉の切り株は非常に腐りにくいものですから、昔切った切り株がみんな残っているのです。

以前環境庁が切り株を数えると伐採量が分かるというので調査をしたのです。

切り株から推定すると、江戸時代に育っていた屋久杉の五割から七割は伐採してしまったらしいのです。

ところが、いっぺんに切ったのではなく、使いやすい良い木だけを選んで徐々に抜き切りしていったので、周りの種が落ちた明るい場所で次の世代が育って現在の森になってきているのだそうです。

つまり、江戸時代の盛大な伐採のあとの影響がとどめられている森だと思っていただければよろしいわけです。

そうしますと、私たちが今見ることができる屋久杉というのはどういうものかといいますと、

「でこぼこだったり曲がっていたりするので使いにくいから切ってもしょうがない」

といって生き残った巨木、これがだいたい名のある有名な巨木になるわけです。

あれは屋久杉だからでこぼこなのではなくて、でこぼこだから残ってしまったのです。

ですから、屋久島の山の森林の中で大きな比重を占めている樹齢百数十年から三、四百年といったような膨大な量のスギは、江戸時代の伐採のあとに育ったものと言えるわけです。