真っ暗な縁を、住蓮は先に立って行く。
「どこへ」
安楽房が、ふと疑って、こう訊くと、
「御仏の前へ」
「そうか」
二人は、縁づたいに、法勝寺の本堂まで行った。
そこには、明りもない、火の気もない。
暗黒の中を、二人は、足さぐりで、弥陀の聖壇の前に、黙然と坐った。
「こういう時には、御仏のまえで、弥陀のお心にたずねて事を決めるにかぎる」
「よう気づかれた」
「さて……どうするか?」
「それだ……」
ここでも、ふたたび重い嘆息が先にくりかえされる。
住蓮の考えとしては、もう一応、ふたりをよく説得してみて、それでどうしても御所へ帰らぬならば、やむを得ない手段ではあるが、これからそっと自分が御所の吏員(りいん)へ訴えに行き、二人の身を穏便のうちに内裏へ帰してもらうように頼もう――というのであった。
「さ?……」
安楽房は、彼の考えを、欣ばない顔つきでいった。
「それは、どうかと思う。――死を賭しているあのふたりを、それでは、むざむざと、殺してしまうことにはなりはせぬか」
「では、そのもとの考えは」
「わしは、助けたい」
「助けたいのはこの住蓮も同じだが、その方法があるまい」
「わしは、とても、ああまで縋(すが)ってきた者たちを、山荘から突き出すには忍びない」
「では、望みを容(い)れてやろうというのか」
「ウム……」
「もってのほかだ」
住蓮は、声を励まして、
「わしも若い、そのもとも若い。しかも清浄(しょうじょう)を尊ぶこの山荘に、あんな麗人を二人留め置いたら、世間は、何と見る?」
「御弟子にしてくれというているのだから、二人は、麗しい黒髪も剃ってしまう覚悟じゃないか」
「それにしても」
と、住蓮は、闇の中でつよく顔を振った。
「女と、男ではないか。――しかもお互いが若いのに」
「ちがう、ちがう!」
安楽房も、友のことばにつれて、ひとりでに声が激して行った。
「そういうおん身の考え方は、浄土門でもっとも忌み嫌う聖道門的考えかただ。師の上人のお教えでは、男女(なんにょ)の差はないはずだ、そういうけじめを捨てよという所に念仏門の新味もある、狭い旧教どちがった意義もあるのだ」
「わかっている。――だが、世間は」
「おん身は、この処置を、世間へ訊くのか、御仏の心に訊くのか」
「ウム」
と、住蓮は声をつまらせて、
「そういわれると困るが」
「おれたちは、信仰の子ではないか。御仏の心をもって信念とするからには、世俗の思わくなどを考えていては、何もできやしない」
安楽房の情熱的なことばは、諄々(じゅんじゅん)と、友の意見を圧してゆく。
彼は彼女たちを救うために、多少の難儀はかかっても、何とか、あのふたりの喘(あえ)いでいる地獄の淵へ、手をさしのべてやりたいという。
「どんな者にでも、弥陀の慈悲はひとしくなければなるまい。――場合や事情に惑っていては、人はおろか、自分すら救うことはできまい。あの女性(にょしょう)たちは、そこに目醒めて、死を賭して、脱け出してきたのだ。どうして救わずにいられるものか」
彼のそういう眼には、涙が光っていた。