親鸞 2015年10月4日

真っ暗な縁を、住蓮は先に立って行く。

「どこへ」

安楽房が、ふと疑って、こう訊くと、

「御仏の前へ」

「そうか」

二人は、縁づたいに、法勝寺の本堂まで行った。

そこには、明りもない、火の気もない。

暗黒の中を、二人は、足さぐりで、弥陀の聖壇の前に、黙然と坐った。

「こういう時には、御仏のまえで、弥陀のお心にたずねて事を決めるにかぎる」

「よう気づかれた」

「さて……どうするか?」

「それだ……」

ここでも、ふたたび重い嘆息が先にくりかえされる。

住蓮の考えとしては、もう一応、ふたりをよく説得してみて、それでどうしても御所へ帰らぬならば、やむを得ない手段ではあるが、これからそっと自分が御所の吏員(りいん)へ訴えに行き、二人の身を穏便のうちに内裏へ帰してもらうように頼もう――というのであった。

「さ?……」

安楽房は、彼の考えを、欣ばない顔つきでいった。

「それは、どうかと思う。――死を賭しているあのふたりを、それでは、むざむざと、殺してしまうことにはなりはせぬか」

「では、そのもとの考えは」

「わしは、助けたい」

「助けたいのはこの住蓮も同じだが、その方法があるまい」

「わしは、とても、ああまで縋(すが)ってきた者たちを、山荘から突き出すには忍びない」

「では、望みを容(い)れてやろうというのか」

「ウム……」

「もってのほかだ」

住蓮は、声を励まして、

「わしも若い、そのもとも若い。しかも清浄(しょうじょう)を尊ぶこの山荘に、あんな麗人を二人留め置いたら、世間は、何と見る?」

「御弟子にしてくれというているのだから、二人は、麗しい黒髪も剃ってしまう覚悟じゃないか」

「それにしても」

と、住蓮は、闇の中でつよく顔を振った。

「女と、男ではないか。――しかもお互いが若いのに」

「ちがう、ちがう!」

安楽房も、友のことばにつれて、ひとりでに声が激して行った。

「そういうおん身の考え方は、浄土門でもっとも忌み嫌う聖道門的考えかただ。師の上人のお教えでは、男女(なんにょ)の差はないはずだ、そういうけじめを捨てよという所に念仏門の新味もある、狭い旧教どちがった意義もあるのだ」

「わかっている。――だが、世間は」

「おん身は、この処置を、世間へ訊くのか、御仏の心に訊くのか」

「ウム」

と、住蓮は声をつまらせて、

「そういわれると困るが」

「おれたちは、信仰の子ではないか。御仏の心をもって信念とするからには、世俗の思わくなどを考えていては、何もできやしない」

安楽房の情熱的なことばは、諄々(じゅんじゅん)と、友の意見を圧してゆく。

彼は彼女たちを救うために、多少の難儀はかかっても、何とか、あのふたりの喘(あえ)いでいる地獄の淵へ、手をさしのべてやりたいという。

「どんな者にでも、弥陀の慈悲はひとしくなければなるまい。――場合や事情に惑っていては、人はおろか、自分すら救うことはできまい。あの女性(にょしょう)たちは、そこに目醒めて、死を賭して、脱け出してきたのだ。どうして救わずにいられるものか」

彼のそういう眼には、涙が光っていた。