あれほど、月々の法会(ほうえ)や、念仏の唱導を、活発にやっていて鹿ケ谷の法勝寺が、近ごろ、はたと戸をとざしている。
住蓮が安楽房かが、病気のためだとは称しているが、弁円は、そのうわさを麓で聞くと、すぐ、
(こいつはおかしい)と直感した。
(病気なら、吉水から、誰か代る者をよんできても、説法日の法筵(ほうえん)ぐらいは開かれる。
それに、住蓮も安楽も、少しも麓に姿を見せないというから、何か、べつな理由があるにちがいない)弁円が、鹿ケ谷へ目をつけだしたのは、そんな動機からであった。
彼は、山伏のすがたではまずいと考えた。
笈(おい)や杖や服装をすっかり解いて、木樵(きこり)か農夫かと思われるように身装(みなり)を代えた。
山刀を一本さして、弁円は毎日山をあるいていた。
法勝寺と山荘のまわりをうろついて、裏へ迷いこんだり、夜は床下へ這ってみたり、種々(さまざま)に探ってみたが、
(はてな?)と、思われるだけだった。
もう鈴虫も松虫もいなかったのである。
何の怪しいふしも発見できなかった。
だが、弁円は、干飯(ほしい)を噛みながらも、そこを去らなかった。
なぜならば、ひとりが病気のためと触れているのに、住蓮も安楽も健在でそこにいることを確かめたからだった。
「臭い。どうもここよりほかにない。見ておれ、今にあばいてやるから」
彼の執着心というものは幼少からの持ち前といっていい。
思いこんだことにはどんな蹉跌があろうと屈しないのだ。
それは彼が寿童丸とよばれた昔から持っている善信(親鸞)への呪詛と報復とを、今になっても金輪際捨てていない異常な粘り方を根気を見てもわかるのである。
「おや……誰か出てゆくぞ……こんな深夜に」
四日目の晩だった。
法勝寺の裏にひそんでいた弁円は、星明りの下(もと)に一つの人影を見つけた。
頭から衣(きぬ)をかぶっていてよくわからないが住蓮らしい背かっこうである。
尾行(つけ)てゆくと、麓へではなく、住蓮は鹿ケ谷からなお上の山路へ一人で登って行くのだった。
手になにやら包みを提げている。
非常にあたりを憚(はばか)るような挙動なのだ。
(しめた!)という気持が弁円の胸をいっぱいに躍らせていた。
勿論、住蓮はそういう犬がついて来るとは知るよしもなかった。
彼は、もう上の尼たちが、食糧がなくなるころなので、深夜をはかって、それをそっと運びに行くのだった。
この上には人家もないはずだと弁円は考えていたが、肌の汗ばむような嶮しい道をのぼりつめてゆくと、ポチと、灯が見えたのである。
――朽ちた板戸の破(わ)れ目から。
「あっ……」
意外とせざるを得なかった。
住蓮が立つと、そこが開(あ)いたのだ。
そして、炉の火をうしろにして、美しい尼が二人、何か囁き合って、彼を中へ導いた。
すぐ閉められた戸の外へ走り寄って、弁円は、板戸の穴へ顔を押しつけた。
息をころして覗(のぞ)くのだった。
「……ウウム」
思わず大きな息をつく。
風は満山に轟々(ごうごう)と鳴って、どこかですさまじい滝水のひびきがする。
星は研(と)げて、一つ一つが魔の目みたいに光っていた。
猿(ましら)がしきりと暗い谷間で叫びぬく。