小説 親鸞・かげろう記 12月(10)

「大人げない奴めっ」

叱咤が、頭のうえで聞こえた。

七郎は、起き上がって、自分を撲(なぐ)った相手を見た。

十九か、二十歳か、せいぜいそんな年頃の若党である。

腕を捲くって、右の肩をすこしあげ、左の手に、泣いている髫がみの童子を抱きよせていた。

「どこの青侍か知らぬが、よい年をして、なんで、稚(おさな)い和子様のお作りなされた弥陀の像を足蹴にして砕いたのじゃ。

それへ、両手をつい、謝れっ」

こう正面を切って罵られると、庄司七郎も陪臣(ばいしん)でこそあれ時めく平家の郎党である。

尾を垂れて退くわけなはゆかなくなった。

「おのれ。

このほうを撲ったな」

「撲った!」

昂然(こうぜん)と、若者は、いって憚(はばか)らなかった。

「人もあろうに、わしの主人の和子様に、無礼を働いたゆえ、打ちのめしたのだ。

それが、どうしたっ」

「おのれは、どこの若党か」

「前(さき)の皇后大進、藤原有範卿に仕える侍従介というものじゃ」

「落魄(おちぶ)れ藤家(とうけ)の雑人か」

「なんであろうと、この身にとれば、天地無二の御主君。

……ささ、和子様、もうお泣きあそばすな」

と、侍従介は泣きじゃくる十八公麿をなだめながら、手の泥や衣服の塵を払って、

「お母様も、叔父様も、乳母も和子様のおすがたが見えぬとて、どんなに、お探し申しているかしれませぬ。

泣き顔をおふき遊ばして、介と一緒に、はよう、お館へもどりましょう」

肩を叩いて、歩みかけると、七郎は、跳び寄って、

「待て、用は済まぬ」

と、介の刀の鐺(こじり)をつかんだ。

介は、振り向いて、

「何か、文句があるか」

「おうっ、今の返報を」

いきなり、拳(こぶし)をかためて、介の頬骨をくだけよと撲りかかった。

しかし、予期していた介は、巧者に、半身をすばやく沈めて、七郎の小手を抱きこむように手繰ったと思うと、

「何をさらすっ――」

どさっと、草むらへ抛(ほう)り捨てた。

草むらには、狭い野川が這っていたと見えて、七郎が腰を打った下から、泥水が刎(は)ねあがった。

「や、や。

あの若党めが、七郎を投げつけたぞよっ。

七郎の仇じゃ、おいかけて、ぶちのめせ」

鞭を打たせて走ってくる輦の上から寿童がわめいた。

介は、それを眺めて、

「和子様、はよう、介の背なかに、おすがりあそばせ。

……相手が悪い。

逃げましょう」

平家の御家人と見て、彼は、無事な策をとった。

と――もう小石の礫(つぶて)が、そちらへ、飛んできた。

輦(くるま)をとび下りた寿童が、石をひろって、ぶつけているのである。

そして、

「あやつら、藤家の者じゃないか、平家のお身内に、指一本でも傷つけたら、相国のおとがめがあることを知らぬのか。

逃がしては、なるまいぞっ。

捕まえろ、牛の背にひっ縛(くく)って、六波羅の探題へ、突き出してくれる」

と、遠くから喚(わめ)いた。

そして、介の逃げ走る方へ、牛飼いや、侍たちと共に、先廻りして陣を布いた。

介は、

「慮外者っ」

と、蹴って、また走った。