小説・親鸞 屋根の下 2014年11月1日

年を越えて間もない正月の半ばだった。

白い驟(しゅう)雨(う)が、煙のようにふきかけて暮れた宵からである。

刻々と夜半にかけて、暴風雨(あらし)はひどくなってきた。

眠りについた人たちが、

「雨がもる」と起き出して騒ぎ立てた。

綽(しゃっ)空(くう)は、紙燭をつけて、室の外へ顔を出したが、すぐ消されてしまった。

禅房の戸が、ふくらむように、がたがたと鳴っていたが、そのうちに、上人(しょうにん)の寝屋の戸が外(はず)れて、車を廻すように、豪雨の庭へころがった。

「お師さま」

「上人様」

まっ暗で、誰かわからないが、もう幾人もの弟子が、上人の室を案じて、そこに集まっていた。

屋根の一端が暴風雨(あらし)にさらわれてしまったものと見えて、白い雨水が、ぶちまけるように梁(はり)から落ちているのである。

もちろん、灯(あか)りは努力しても一瞬(いっとき)も持っていなかった。

綽空を初め、蓮生(れんしょう)や、念(ねん)阿(あ)などの弟子たちは、その暗い片隅に念仏の低い声がきこえたので、皆、その一(ひと)所(ところ)にかたまり合った。

それが、師の法(ほう)然(ねん)だったのである。

せっかく、年(く)暮(れ)のうちからすこしよくなったお風邪(かぜ)をぶりかえさぬように、弟子たちは、身をもって法然をかこみながら、念仏に和していた。

暴風雨(あらし)はなかなかやみそうにもない。

みりみりと、梁(はり)や柱がさけぶのだった。

戸は、二枚三枚と奪われて行って、庭が、湖のようになっているのが豪雨の中にものすごく見える。

その中を、誰か、ざぶざぶと膝まで水に浸(ひた)して歩いてくる者があった。

「綽空様」と、家のまわりを呶鳴ってあるいていたが、やがて、戸の外(はず)れたところから、

「綽空様はおられますか」

と中をのぞいている。

頭からずぶ濡(ぬ)れになっているその男を、人々が見て、隅のほうから、

「おられるが、どなたじゃ」と、たずねた。

「性(しょう)善坊(ぜんぼう)でございます」と、その影はいう。

「おう」

綽空はすぐ立ってゆこうとしたが、思いとまったように、法然のそばに坐ったまま、

「なんぞ、用か」といった。

「この暴風に、御変りもあらせずやと、お見舞いにうかがいました」

「よう来てくだされた。しかし、見るとおり、上人にも、お変りはない」

すると他の人々が、

「町はどうですか」と、訊いた。

「いやもうひどい有様です。ここへ来る間にも、塔(とう)の仆(たお)れたのを見ました。門や築地(ついじ)の壊された所は限りもありません。粟(あわ)田(た)の辻のあの大きな銀杏(いちょう)の樹すら折れていました」