小説・親鸞 屋根の下 2014年11月7日

「ひどいことでしたな」

「えらい暴風雨(あらし)もあったもので」

「こんな大風はもの心ついてから覚えがないわ」

けろりと晴れた翌る日の青い空を仰ぎながら、町の人々は、倒壊した人家だの、流された橋の跡だの、巨木の薙倒(なぎたお)された並木などを見て歩いていた。

吉水の禅房は、山ふところに抱かれていたせいか、比較的に被害のすくないほうだったが、それでも屋根は半分も剥ぎとられていた。

「降ったらすぐ困る」

「雨よりは、寒さが防げぬ。せめて、上人のお部屋でも先に」

と、禅房の人々は、軒へ梯(はし)子(ご)をかけ、法(ほう)衣(え)の袂(たもと)をからげて、屋根へのぼっていた。

「手伝わせて下さい」

「茅(かや)を持ってきました」

「雨戸を繕(つくろ)いましょう」

信徒たちが群れてきて、米を炊(かし)いでくれたり、門を起してくれたり、思いのほかに、この損害はたちまち直されそうに見える。

下から揃えて送る茅(かや)を受け取って、屋根のうえでは、連生(れんしょう)と綽空と、四、五人の者が、せっせと、屋根の繕いをしていた。

梯子の途中にも一人いて、それを取り次ぐ。

綽空や蓮生は、もとより馴れない仕事であったが、弟子僧のうちには、自分で人手を借らずに一庵を建てたというような経験のある者もいて、屋根は巧みに葺(ふ)かれていく。

押しぶちを打ったり、茅の先を切ったり、綽空も働いていた。

そのうちに、温かい握り飯も下からくる。

食べ終るとまたすぐ作業にかかる。

誰の口からともなく、念仏の声がながれ初めた。

屋根のうえにも門を起す群れにも、家の中に働いている者からも、念仏が洩れて、ひとつの明るい唱和となった。

庭先に、巨(おお)きな栂(つが)の木が泥水の中に倒れていた。

他の樹も、あらかたは、根をむきだしているのである。

――見ると、そこに一人の体の巨きな僧が、毛(け)脛(ずね)をだし、袖をたくしあげて、まるで土工のように真っ黒になって働いている。

溜(たま)り水(みず)に道をつけ、鍬(くわ)で土を掘っては、一本一本、樹の姿勢を元のように起しているのだった。

その僧だけは、初めは、むッつりと汗と泥にまみれて黙っていたが、いつか他の人々の唱名につりこまれて、やはり、念仏をとなえながら鍬をふるっていた。

屋根のうえからふとその男を見て綽空は、あっと、意外らしい声をもらした。

気が付いたのであろう、鍬をやすめて、下の僧も屋根を仰いだ。

そして、

「…………」

何もいわずに、ただ、にこと笑った。

以前の弟子の覚(かく)明(みょう)なのである。

すると、綽空のそばにいた熊谷蓮生が、

「おう、大夫房」

と、これは久しい前からの知り人らしく、屋根の上から声をかけた。