国府(こう)の丘の小高いところに、良い庭木や石をあつめて、戦いでもある折は、小さな砦ぐらいな役には立とうと思われる豪奢な一構えの屋敷がある。
代官の官衙(かんが)とその住宅であった。
萩原年景は、ここの中心として、絶対の権力を振舞った。
住居も、一廓のうちに、家族たちのいる奥とよぶ所と、彼の愛妾たちを置く、下の棟とよぶところと、ふた所にわかれている。
したがって、その一廓のうちで、年景をめぐって、いろいろな媚(こび)や、讒訴(ざんそ)や、排撃や、嘘や、あらゆる小さな争闘が毎日行われている。
だが、年景は、家庭とその女たちの群れへも、自分の政治的な手腕を信頼していた。
「萩の井さま」と、一人の女がいう。
寝そべっていた女が、
「なあに」
甘ったるい返辞をし、敷物から顔をあげた。
窓から、外をながめていた女が、二人の会話にふり向いて、これも話にまじろうとするように、坐り直す。
この下の棟には、五、六人の女たちが、棟つづきに住んでいるのだった。
彼女たちは皆、ひとりの年景に飼われている美しい動物の境遇であった。
年景をめぐって、彼の寵愛を争う時には、おのおのが、爪を研ぎ、毒舌に火をちらすのであったが、無智で節操のない彼女たちは、昼間の長い退屈にわずらうと、いつかこうして一間に寄り集まって冗談をいったり、物を食べ合ったり、奥の悪口をいい合ったりしてその無聊(ぶりょう)をなぐさめ合いもするのだった。
「きょう、山吹さまは、見えないじゃありませんか」
「……そういえば、ほんに」
「あの人の部屋、見た?」
「いいえ」
「誰か見てこない?」
「でも」
「かまわないよ」
一人がながい板縁をわたって姿をかくした。
しばらくすると、帰ってきて、
「いない」と、顔をふっていう。
「なにも変ったことはない」
「きれいに部屋が掃除してあって、小机のうえに、香が焚いてあっただけ」
「香が焚いてあった。おかしいね。香など焚いたことのない人が」
「行ったんじゃない」
「どこへ」
「死出の旅路へ」
「ホ、ホ、ホ」
盗むように一人がわらって、
「――そうかもしれない。毎日、泣いてばかりいた様子だから」
「でも、身から出たさび――仕方がないもの」
「ものずきな――あんな侏儒の片輪者を、殿様の目をぬすんで、閨(ねや)へ入れるなんて、気がしれない」
「あれ……ほんとのことなのかしら」
「だって、みながそういうもの、火のない所にけむりは立たないでしょう」
「けれど、誰が先に、そんな煙を立てたのか」
「どうだって、いいじゃありませんか。どうせあの人は、ふだんから、死にたいが口癖だったんだから、本望でしょうに」
そういって、よそごとのように、戯れ口をきいていたが、それでもどこかに気がかりになるとみえ、
「ほんとに、帰ってこないらしい……」
と少し不安な眼をしだした。