「もいちど、見に行ってみましょうか」
と、一人がいう。
女たちは、皆立った。
そして、山吹の部屋をのぞいてみると、香のにおいがまだ残っていて、小机の下を見ると、何か、手紙らしいものがあった。
頓狂に、ひとりが、
「あっ、遺書(かきおき)」
と、さけんだ。
「え、遺書ですって」
「ま……」
「おおいやだ」
身ぶるいして、そして、にわかにあわてた顔いろを見あわせ、
「どうしましょう」
「どうって……」
「殿様へ、お知らせしておかなければ――」
その部屋にいるのが、何か、怖いもののように、女たちは外へ出て、
「誰か来てください」
と呼び立てた。
お下婢(はした)が駈けてきた。
小侍もそれへ来た。
すぐ、役所のほうへ向って、一人が走って行った。
間もなく、代官の年景が、やや狼狽した顔色を湛えて、
「なんじゃ、山吹がいない?」
と、それへ上がってきた。
女たちは一ヵ所にかたまって、みな自分のせいではないように黙っていた。
年景は、自分にあてた山吹の遺書をひらいていたが、それは呪いの文字にみちていたたちまち、裂いて袂(たもと)へ丸めこんだが、血相は濁りきって、何か、憤(いきどお)ろしいものを、そこらへ打(ぶ)っつけたい眼つきをしていた。
「馬鹿っ」それがついに爆発して、突然こう呶鳴りだしたのである。
彼の狂暴性を知りぬいている女たちは、びくとしたように、小さな眼をすくませた。
「なぜ、お前たちは、気をつけていないのだ。誰も、知らなかったのか」
「…………」
この間のうちから、様子がおかしいから、気をつけておれといったのに、どいつもこいつも」と、睨(ね)めつけて、跫音(あしおと)あらく、女たちの前を踏んで通ってみせた。
「これっ、おいっ」
「はい……」
側女の一人が答えると、
「おまえなど呼んだのじゃない。源次、源次」
と、家来を縁先へよんで、
「きょうはすこし頭のぐあいがわるい。役所のほうの仕事は、いいつけておいたように、ほかの者と片づけてくれ。いいか、わしはここですこし休んでおるからな」
「はい」と、家来が行きかけると、
「おいおい、奥へはそういうなよ。役所におるようにいうておけよ」
ごろりと、年景は、大きな体を部屋のまん中に横たえた。
焦々(いらいら)とした眼を、開いたりふさいだりしているのだった。
さすが、愉快ではないらしい、どこかで、自分を責めたり、また惑ったり怒ったりするものが、顔の皮膚をどす黒く濁していた。
「酒を持ってこないか。おいっ……酒を」
と、呶鳴って、額へ手をあてた。
――奥の棟にいる妻だの子だのが、げらげらどこかで笑っているような声がする。
むっくりと、彼は起き上がった。
「これ、誰か、山吹をさがしに行っておるのか?」