側女たちは顔を見あわせた。
誰も黙りこんだまま答えずにいると、年景の額に、青筋が膨れあがった。
「だまっているところを見ると、誰も、彼女(あれ)の身を案じて、見に行った者はないのだな。――遺書(かきおき)をのこして、出て行った者を、おまえらは、笑って見ているのだな」
「…………」
「どいつも、こいつも、なんという薄情な奴ばかりだ。山吹は、もう死んでいるかもしれない」
年景は、こううめいて、自悶に耐えられぬように、
「――ああっ、彼女は、もう死んでいるかも知れない。おれは心から彼奴が憎いわけじゃなかった。あまえらがなんのかのと讒訴をするので、おれも疑いの目で見初めたのだ。山吹はおれを恨んで死んだに違いない」
また――ごろりと仰向けになる。
そして側女が出した杯を引ったくるように取った。
こういう場合の年景に、酒が入ることは、炎に油をそそぐようなものであることを、側女たちは常に知っているので、めいめい、眸(ひとみ)のそこに、おどおどと戦慄を持っていた。
「つげッ」
と、飲みほした杯をつき出すので、ひとりがこわごわ、銚子を近づけると、
「この、おべんちゃら」
ついだ酒を、その側女の顔へ、浴びせかけた。
杯はまたすぐ、べつな側女の顔へ、独楽(こま)みたいに飛んで行った。
「この毒草め、どいつもこいつも、皆、毒の花だ。みすみす、おまえたちと朝夕ひとつに暮らしていた山吹が、遺書して出て行ったのに、のめのめ身ごろしにするという法があるか。なぜ手分けして、探しに行くなり、召使たちを走らせて、心配しないか。
――気に喰わない奴らだ。薄情者めが、よくもそうしゃあしゃあした面(つら)ばかりが揃ったものだ。」
と、年景はまるで、この不愉快な事件が、すべて他人(ひと)のせいであるように罵って、
「出て行けっ」
と、部屋を揺るがすような声でわめいた。
「きょう限り、みんな暇をくれる。誰の彼のといわず、一人残らず出て行けっ。女など、世間に降るほどある。年景はもう実をいえば、貴さまたちには、あきあきしている所だ。そこへ持ってきて、貴さまたちの醜い冷酷な根性を見せつけられては、なおさら、嫌になってしまった」
手がつけられない怒り方である。
理窟ではない、これが年景の遊びなのだ、何事も意のままになり過ぎて、これくらいな刺戟を起さないと、年景の気だるい神経はなぐさまないのである。
それまた初まったというように、側女たちは、隅のほうへ避けて蒼白いおののきを集めていた。
年景は、銚子をつかんで、
「出て行けっ」
と、それへ投げつけた。
すると、家の外である。
廂(ひさし)を蔽(おお)って、ずっと聳(そび)えている大きな樹のうえで、誰か、年景の口真似をしたものがある。
「そうだ、出て行け!」
年景が気づかずに、
「出て行かんかっ」
と、身を起たせて、足蹴に形を示すとまた、
「――出て行かんかっ」
と、谺(こだま)のように、樹のうえから同じ声がした。
「……や、どいつじゃ」
縁へ出て、年景がこずえを仰ぐと、老人が子供か、見当のつかない顔した怪異な小男が、葉陰に白い歯を剥(む)いてわらっていた。