まず結論から申しますと、命日の前後どちらかに引き寄せたり延ばしたりすることに問題はありません。
現代は核家族やさまざまな社会的事情により、家族でも集まることが容易ではなくなってしまいました。
ましてや親戚や友人・知人ともなると、もっと困難でありましょう。
命日の前後にしたからといって、お念仏・阿弥陀さまのおはたらき
「必ずあなたを救う。必ずあなたをお浄土に生まれさせて、仏とならせる」
という願いに変化が生ずるはずもありません。
臨終と同時に、もうすでに仏さまとなられているのですから。
むしろ問題なのは、私たちの都合一つで様々な噂や迷信を信じ、人を悪く言ったり、しまいには先に往生された先人にさえいろいろなことを押し付けて、自分の都合のいいように物事を解釈していく。
そのようなことで自分自身や家族、親戚などが心を悩ませることの方に問題があります。
ですので、都合上ご家族が集まれる日を調整したら、命日の前後になってしまったとしても何も問題はありません。
どうぞ大切な方々と、先にお浄土へ生まれ、仏となられた命に出遇わせていただくご法事にしていただければと思います。
ただし、祝い事の記念日等を考えてみても、その日その時間に再び思いを馳せるということは不思議な感覚や思いを感じずにはおれないのではないでしょうか。
その出来事と同じ日にお迎えをするご法事は、その日でしか感じることのできない感覚や思い出が、自分の中でも忘れていた記憶を呼び起こすことにも繋がるのかもしれません。
私たちが法事・仏縁に出遇わせていただくということは、亡き方を偲ばせていただくと同時に、お浄土に生まれて仏となられた姿を知らせていただくということでもあります。
私たちが本当に気をつけなければならないことは何でしょうか。