小説・親鸞 火(か)焔(えん)舞(ま)い 2014年12月10日

「どうだった、様子は?」

四郎が、蜘蛛太に向ってこういった仔(し)細(さい)は、明日の夜、仕事に入ろうと目をつけているさる長者の家構えを、敏捷(びんしょう)なこの小男に、あらかじめ探りにやったものであった。

「だめですぜ、あの邸(やしき)は」

「ふーむ、見かけ倒しか」

「そうでもねえが、五十日ほどまえに、こちとらがあの村は荒してあるので、長者の親(おや)爺(じ)は、腕のできる郷士を大勢召し抱えて、今度賊が来たら、村の者のとも合図しておいて、一あわ吹かせてやると待ちかまえているんです。――そんな所へ押し襲(か)けて行ってごらんなさい、これだけの人間が、半分も生きて帰るはずはない」

「そいつアいけねえ」

天城四郎も、生命(いのち)が惜しむべきものであることは知っていた。

「じゃあ、ほかはどうだ」

「あっちこっちと、見て廻ったがどこだって、戸じまりのゆるそうな邸はねえ。ここは、楽に忍べると思えば、金けも什(じゅう)器(き)もねえがらん洞だし、ここには、みっしりと金がうなってるなと思うような邸には、今いったとおり、用心棒が頑張っているといったようなわけで……」

「だんだん、世の中が悪くなった……」

四郎は、やや興を失った。

「源氏や平家の有(う)象(ぞう)無(む)象(ぞう)が、討ッつ討たれつ、双六(すごろく)の賽(さい)みてえに天下の土地をあばき合っていたころには、こんな野原にも、金目な鎧(よろい)や太刀を佩(は)いた死骸が野良犬に食わせて捨てられてあったし、俺たちも、どこの邸へ火を放けようが、女をさらってこようが、金をかついでこようが、咎(とが)める奴はなかったもんだが、戦(いくさ)がやんで、侍が役人になって、百姓が豊年豊作を貪(むさぼ)るようになっちゃあ、もう、俺たちの方は上がッたりで、すっかり仕事がしにくくなってしまった。――どうもこのごろの世の中はおもしろくねえ」

述懐して、暗(あん)に乾児(こぶん)たちへも、このごろの収穫(みいり)の貧しい理由をいって聞かせると、蜘蛛太は、小(こ)賢(ざか)しい眼をかがやかし、

「頭領(かしら)、そう落胆するにもあたりませんぜ。こんな時にゃいつでも用の弁じる金箱(かねばこ)を頭領は持っているはずじゃありませんか」

「金箱を」

「忘れたんですか。――前(さき)の聖光院の門跡を」

「綽(しゃっ)空(くう)か。あいつのことも、思い出さねえではないが、今では、法(ほう)然(ねん)上人の門にかくれているんではどうにもならねえのだ。俺は、いちど吉水へ忍びこんで法然房と問答したことがあるが、あの上人だけは何だか怖い気がして、二度と吉水へ行く気になれねえ。それにあの吉水院の僧房には、平家や源氏の侍くずれが沢山いて、下手(へた)に捕まりでもしたら飛んだ眼にあうからな」

「ところが、そんな心配は御無用というやつですぜ。綽空は、ついここから、二十町ばかり先の岡崎に住んでいるんで」

「岡崎に?」

四郎は、眼を光らせて、

「そいつは初耳だ。ほんとに岡崎にいるとすれば、汝(てめえ)たちにも、また美味(うま)い酒を飲ませてやれるが……」