小説・親鸞 火(か)焔(えん)舞(ま)い 2014年12月7日

酒(さけ)壺(つぼ)をたたく、鍋(なべ)をたたく。

山刀を抜いて、突如、一人が踊り出すと、また二人、また三人、浮かれ腰をあげて、道(どう)化(け)た舞をしはじめる。

行きたやな

八(や)瀬(せ)の燈(ともし)の

夕ざれば

呼ぶよ招(まね)くよ

逢いたやな

江口の舟の

君しおもえば

よぶよ招くよ

行(ゆ)いて何問わん

会うて何いわん

否とよ

ものも得いわず

ただ寝(いね)ましを

秋は長々し夜を

冬は戸ざして

春は眸(ひとみ)も溶(と)くる

夏は黒髪のねばきまで

世を外に

ただ寝(いね)ましものを

「あはははッ。つまらねえ歌を謡やあがる。だが、おもしれえや、わけもなくおもしろいぞ。もっと、底抜けの道化歌はねえか」

四郎が、手をうってよろこぶと、図に乗って、

「あるとも!」と、焔(ほのお)をめぐり廻って、また舞いだした。

住吉四(よ)所(とこ)のおん前にゃ

顔よき女体(にょたい)ぞおわします

男は誰ぞと尋ぬれば

松が崎なるすき男

舞いぶりがおかしいといって、一同は、やんやと手拍子をあわせて爆笑した。

盗人にも盗人の理窟があり哲学があるとみえて、ここにいる限りの人間どもは、こうして家なきを憂えない、妻なく子なく身寄りなきを淋しがらない、また、明日(あす)の食い物もなく、明日は獄吏の手にかかって河原のさらし首となろうも知れない一寸さきの運命さえも、決して悲しもうとはしない。

しかも、今の一瞬に、大満足をしているのだった。

この刹(せつ)那(な)さえ楽しくあればよいとして――

ところへ。

野末のほうから風に乗って悟(ご)空(くう)のように素ッ飛んできた一粒の黒い人影があって、近づけば、それは子供か大人かわからない例の蜘蛛(くも)太(た)であった。

「頭領(かしら)、行ってきました」

新しく加わった仲間を見ると、連中は、彼の首っ玉にからみついて、

「ご苦労、ご苦労」

「さあ、飲め」蜘蛛太はその手や顔を払い退(の)けて、

「頭領に話をすましてから飲むよ。酒はいいから、少し静かにしてくれ」