小説・親鸞 火(か)焔(えん)舞(ま)い 2014年12月4日

神楽(かぐらが)岡(おか)から北へ十町ばかり、中山を越えて如(にょ)意(い)ヶ岳(たけ)の裾にあたる、一望渺々(びょうびょう)と見はらされる枯野の真っただ中に火事かと思われるばかり大きな炎の柱が立っていて、そこに黒豆を撒(ま)いたような小さな人影がむらがっている。

この辺りは、洛外(らくがい)の端で、洛内を去ること遠い辺(へん)鄙(ぴ)な地なので、都の人は勿論用はなし、旅人もめったに通う路ではないが、もし道に迷った者があって、これこそよき人里と思いなどして、そこへ近づいて行ったらそれこそ飛んだ目に合うにちがいない。

なぜなれば、近づいて見るがよい。

そこに大きな焚(たき)火(び)をしてかたまっている人間たちは、みな、羅(ら)生(しょう)門(もん)の巣を追い出されてきたかのごとき異装怪異な男どもばかりであって、この寒い吹(ふ)き研(と)がれた冬の月の下に、野の枯草を積みあげて、人もなげに笑いさざめいている様子は、さながら、地獄絵に見る八寒の曠(こう)野(や)に似ている。

「頭領、熱いのを、どうです」

酒を暖めて、一人がいう。

「今夜は、酒はいくらでもある」

と、べつな一人が、このよき夜を謳(おう)歌(か)すると、

「ただ、不足は、女がねえことだ」

誰かが答える。

「ぜいたくをいうな。きのうまでは、酒どころじゃねえ。近(おう)江(み)くんだりまで仕事に行って、その仕事は物にならず、地(じ)武士(ざむらい)には追んまわされ、警吏(やくにん)には脅(おど)かされ、そのうえ逃げ込んだ三井寺の法師武者にゃ大薙刀(おおなぎなた)をお見舞いされて、二日二晩、食うや食わずで、ようやく生命びろいをしてきたところじゃねえか。それを思えば、こん夜の酒は、どうせ百姓家から盗みだした地酒で味はわるいが、時にとっての天(てん)禄(ろく)の美味ってやつだ」

「理屈はよせ」と、かたわらの者が叱った。

もう少しろれつの廻らないのが、

「そうだ、俺ッちにゃ、理くつは禁もつだよ。その日その日を、こうやって、暢(のん)気(き)にたのしく、してえ三昧(ざんまい)に送れりゃあそれでいいんだ。なあ、頭領(かしら)、そうじゃありませんか」

天城(あまぎの)四郎は火より赤い顔をして、大きな酒の息を、氷のような月へ吐いて、

「芸なしめ、呑むと、寝言ばかり吐(ほ)ざいている。そんなこたあ、泥棒商売に入る時になぜ考えておかなかったのだ。人間のなしうることはすべて人間がしてよいことに天地創造の神様っていう者が決めておかれてあるんだ。それをして悪いならば、神様に苦情をいえ」

「そうだとも、だから俺たちは、したいことをする」

四郎は、唐突(とうとつ)に、

「汝(てめえ)たち、歌を謡(うた)いたかねえか」

「謡いてえ!」

「踊りたくねえか」

「踊りてえな!」

異口同音である。

「じゃ、踊れ、謡え。――酒の尽きるまで、夜の明けるまで、騒げ、騒げ」