薫香トップメーカーの日本香堂が、尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏の指導・監修の下で実施した「子ども達の『供養経験』と『やさしさ』の関連性」調査で、「習慣的な墓参や仏壇礼拝などの行為が、子ども達のコンパッション(やさしさ・思いやり)を醸成すること」がわかったそうです。
この調査結果について、尾木氏は、「徳育教育の強調よりも、具体的に祈る『行為』の力の方が、確実に子ども達の中にコンパッションを醸成し、高めることを暗示している」とコメントしています。
この調査は、今年の8月に中学1年生〜高校3年生(12〜18歳)の男女生徒1236名を対象に実施されたもので、質問の際は、保護者と本人の同意を得て、回答内容に保護者の意見が入らないよう、本人単独による回答を求めることに注意がはらわれました。
今年は、祝日との兼ね合いで、秋のお彼岸は入りの日から4連休(シルバーウィーク)になりました。
おそらく、お彼岸に墓参をされた方も少なからずおいでのことと思われますが、中高生に墓参の頻度を尋ねたところ、「年に2回以上」(30%)、「年に1回」(35%)と、少なくとも中高生の3人に2人は、年に1回は墓参りに行っていることが分かりました。
また、墓参頻度でみると「2回以上」では男子が女子を上回り、中学生の墓参率(62%)よりも高校生(68%)の方が高いという結果が出ました。
これは、祖父母との死別というライフステージが要因ではないかと考えられます。
次に、仏壇への合掌・挨拶といった「仏壇参り」については、自宅に仏壇があるという中高生は25%であったため、祖父母・親類宅に訪問した時の仏壇参りについても合算して、仏壇に接する機会の礼拝頻度を集計しました。
その結果、「仏壇に接するたびに毎回お参りする」(41%)、「時々お参りする」(37%)、「お参りしない」(21%)と、「お参りする」が多数でした。
「毎回」の礼拝率は、「女子」(44%)で、「男子」(37%)よりも多かったのですが、中学生と高校生の間では大きな差はありませんでした。
そこで、近年、神経科学や心理学、心理セラピー等の分野で注目を集めている「コンパッション(自己そして他者の苦しみを取り除こうとする深い慈しみを伴った感受性)」について、「中学生用他者へのコンパッション尺度」を用いて「他者への冷淡さ」(8項目)、「他者への理解・共感」(8項目)についての調査を行い、この調査結果と、墓参、仏壇参りの結果を合わせて、中高生の「供養経験」と「やさしさ」の関係を明らかにすることにしました。
「他者への冷淡さ」の項目では、「誰かがその人の悩みについて話す時、『そんなの知らないよ』と感じる」が51%と半数を上回りますが、「誰かが私にトラブルについて話す時、私はたいてい聞き流している」「私はたくさんつらい経験をしている人を避けようとする」などの他の項目ではいずれも50%を下回り、中高生の過半数が、他人のトラブルから距離を置き、身を遠ざけようとする自分のクールな内面を否定しきれずにいることが分かりました。
次に「他者への理解・共感」に関しては、「誰しも時には落ち込む」(61%)、「完璧な人などいない」(57%)といった人間の弱さに対する理解が示され、「人の話に耳を傾ける」(60%)、「辛い人を気に懸ける」(54%)などの対人的配慮についても過半数が自ら認めるところとなりました。
その一方「弱者への寄り添い」(40%)や「親身な相談」(29%)等は過半数に達せず、積極的な援助行為には中高生の多くが一歩を踏み出せないでいることが窺い知られました。
この結果から、誰からも救いの手が差し伸べられない孤独感がいじめ被害者をさらに追い詰めているという構図があることを思えば、現代の中高生のコンパッション水準はいじめ被害の事態をさらに深刻化させる温床となるのではないかと懸念されます。
この「他者へのコンパッション」と「墓参頻度」「仏壇参り頻度」の関係を調べたところ、墓参頻度が年1回以上の「習慣的墓参」グループでは、「他者への冷淡さ」の8項目中7項目で、自己の冷淡さを否認する率に統計的有意が認められました。
また、「他者への理解・共感」の8項目中では、4項目で統計的有意差が認められました。
さらに、「仏壇参り」を「毎回」「時々」「しない」の3グループに分け、他者のコンパッションとの関係を調べると、「他者への冷淡さ」では「毎回」とその他2グループとの間で統計的有意とされる多くの差が確認されました。
「他者への理解・共感」でも、より積極的な援助行為に関する部分で統計的有意差が認められました。
この結果、調査を行った日本香堂は、「尾木氏が提唱した『供養行為に対する子ども達の経験頻度と彼らのやさしさの度合いには強い関係性があるはず』との仮説は、本調査結果をもって支持されたと確信する」とまとめています。
今回の調査結果について、調査を指導・監修した尾木直樹氏は
「毎日仏壇に手を合わせるという『行為』を通じて、他者への理解・共感が内面化されている可能性が高い。また、先祖といった目に見えないスピリチェアルなものに対する畏敬の念が、家族の中に文化として息づいていることが推察される」
と、毎日仏壇に手を合わせ、折々に墓参りをする両親や祖父母らの存在が子ども達に与えている影響も注目点として挙げています。
そして、
「『祈る』という行為は単なる宗教行為として捉えられがちだが、脳の活性化や免疫力向上などにつながる有益で理にかなった科学的行為であり、祈ることでコンパッションを醸成し、高めることは脳科学的にみても間違いなさそう」
とコメントしています。
なお、
「子どものコンパッションを醸成し高めるためにお墓参りに行くというのでは本末転倒であろう。『祈る』という行為の根底にある豊かな家族関係や、各家庭に根付いている習慣・文化は一朝一夕にできることではないが、日々の生活の中で意識的に『祈る』ことで脳にプラスの刺激を日々与え続けると、コンパッションが高まり、幸福感が高まっていくことは確かなようである。まずは、家にお仏壇があるなら、家族一緒に、毎日手を合わせて『祈る』ことから始めてみるのはどうだろうか」
と提案しています。
浄土真宗本願寺派の寺院と関わりを持つ保育園・幼稚園・認定子ども園が全国に1000園近くありますが、そこでは園内、あるいは近隣にあるお寺の本堂で定期的に仏参が行われ、子どもたちはいろいろな機会を通して法話を聴いています。
もしかすると、今回のこの調査の基底には幼児期のそのようなご縁も関係しているのかもしれないな…、と思ったことです。