冬となると想像もできないような雪となった。
あらゆるものが、この北国では、雪の下だった。
その万丈の雪の下にも、微かに念仏の声はしていた。
そうした冬を幾めぐりか体験すると、ここの師弟たちにとって、冬はむしろ内省的な修練をする好ましい期間でさえあった。
貧しさと寒飢にさえ感謝することができた。
(はやく春が来ればいい)とか、
(こう寒くてはやりきれぬ)とか、そんな弱い、今日を空しくして先ばかりを空望(くうぼう)するような声は、この小丸山の法室ではまったく聞かれなかった。
一日一日が法悦の日だった。
どうしてここが流人の住む配所だろうかと疑われるくらいに。
そうして、今年も、また、幾年目かの春は巡ってきた――
「石念、だいぶ採れたな」
「もうよいでしょう」
師の御房は、韮(にら)がお好きだ。
「冬ごもりの間は、乾物ばかり召しあがっておいでだから、こんな青々した木の芽や菜をさし上げたら、きっとおよろこびになるだろう」
まだ渓谷(たに)には雪があったが、南へ向っている傾斜の崖には、朽葉の下から蕗や若菜がわずかに萌え出ていた。
「ひと休みしよう」
籠に摘んだ韮や蕗をそばへ置いて、石念と西仏は、崖の中途に腰をおろした。
山すその部落は紫いろに煙っているし、木々の芽はほの紅く天地の力を点じている。
「西仏どの」
まばゆげな眼をして、陽を仰いでいた石念がふいにいった。
「春は苦しいものですね」
「どうして」
「どうしてということなしに、春になると、私は苦しい気がします。若い血が暴れ出して」
「そうか……」
西仏は年老(としと)っていたが、二十六、七歳の石念のそういったことばには、思い当るところがあった。
「その気持はわかるよ。わしなどは、若い時代を、木曾殿の軍(いくさ)に加担して、ぞんぶんに合戦の中で果たしてしまったが……」
「僧の生活には、気を吐くとか、腕力を出すとか、汗をながすとかいう生活はありませんから、常人の若い者より、よけいになにか、こう体のうちに鬱屈している元気とでもいうようなものが、血の底に溜って、それがひどくなると、暗鬱にさえなってくるのじゃないかと思います」
「ひとつ、そんな時には、うんとこさと、暴れるんだな」
「暴れるったって、どういうことをしていいか分りませんし」
「なんでもいいから、汗と鬱気を出してしまうんだ。……そうだ」
と、後ろを仰いだ。
里の者が粘土でも採った跡であろう、崖の中腹から上へ真っすぐに二丈ばかり山肌が削ぎ取られてあった。
西仏は指さして、
「あの上まで登って行っては下へ飛び降りるんだな。それを何十遍でもくりかえしてやる。――登るのは行心(ぎょうしん)、飛び降りるのは破心(はしん)、闘いの生活だと思って、倒れるまでやってごらん。若い暗鬱なんてものは、汗の塩になってしまう」
「なるほど」
石念は、よほど深刻に考えていることとみえて、真面目になってそれを実行する気らしく、立ち上がった。
すると西仏もまた、一緒に腰を上げて、
「おや……誰だろう」
麓のほうへ眸をこらしていたが、何か驚いた表情をし、
「石念、あれ見よ」
と、指さしていった。