意地になって、蔵人はそれから後も、たびたびやって来ては、厩(うまや)牢(ろう)の曲者を拷問した。
曲者の体は、そのために業病のように腫れあがって、やぶれた傷口は柘榴(ざくろ)の如く膿み、そこから白い骨が見えるほどだった。
「ころせ」
曲者はいった。
そしてまた、打てば打つほど、あざ笑って、
「これくらいに折檻で、口を割るような男に、なんで大事な役目を主人が申しつけるものか。
無益なことをせずに、ひと思いに、この首を落とせ」
むしろ自分の克己心を誇るかのように彼は屈しなかった。
ついには、蔵人の方が、根気も尽き、不気味にもなって、だんだん足が遠くなっていた。
六月に入った。
葉ざくらの葉蔭に、珊瑚(さんご)いろの赤い実が、陽に透いて血のように見える。
熟れきった桜の実は、地にもこぼれていた。
十八公麿は、それを、小さな掌にひろい集めていた。
すると、裏庭の奥で、
「和子様――」
と、誰か呼ぶ。
「和子様……」
何度目かの声に、十八公麿はやっと気がついたように、無邪気な目をやって、辺りを見まわした。
誰も、人影はなかった。
だが、やや脅えたらしい童心は、急に、白昼(まひる)の庭の広さが怖くなったらしく、あわてて、館の方へもどりかけた。
と――また、
「和子様、ここですよ」
「?……」
十八公麿はふりかえって、じいっと、厩牢の中にみえる人間の影をふしぎそうに見つめていたが、やがて、怖々(こわごわ)と寄って行って、
「おまえは、誰?」
「わたくしは、お館にしのび込んで捕まった曲者ですよ」
「曲者さん?」
「名まえではありません。
いわゆる曲者です。
けれど、和子様には何も悪いことはしませんから、安心して、少しここで遊んで行ってください」
「?……」
「わたしは、淋しくてたまらないのです。
いま、和子様のすがたを見たら、この胸が張り裂けるようになりました。
私にも、ちょうど和子様ぐらいな子があります。
また私の御主人の息子様も、和子様よりすこし年上ですが、やはり無邪気な少年です」
「曲者さん、おまえは、どうしてこんな所へ入っているの」
「忠義のためです」
「忠義のためなら、よい侍と皆が賞めてくれるでしょう」
「そうは行きません、味方に忠義な侍は、敵にとれば憎むべき悪魔に見えます」
「では、曲者さんは、悪魔なの?」
「ここに捕われている間は」
「外へ出れば」
「善人です。
少なくとも、悪人ではありません。
その証拠には、和子様は私とこうして話していてもちっとも恐いことはないでしょう。
あなたに危害は加えませんから……」
「初めは、怖ろしかったが、もう何ともないよ」
そういって、その言葉を証拠だてるように、十八公麿は、牢の隙間から掌を差し入れて、
「曲者さん、桜んぼを、上げようか」