「認知症が教えてくれること」(前期)認知症は特別なものではなく加齢現象のひとつ

ご講師:黒野 明日嗣 さん(いづろ今村病院 院長)

以前まで認知症の方はそれほど多くありませんでしたが、近年は増えてきています。診断技術が向上してきたということがありますが、一番の原因はみんなが長生きするようになったことです。最近、認知症の原因といわれる物質が貯まるのに30年くらいかかるというメカニズムがわかってきました。70歳で認知症になった方は実は40歳くらいから貯まり始めていたのです。明治時代は平均寿命が50歳ちょっとでした。40歳から貯まり始めても55歳で死んでいれば認知症にはならないというわけです。

認知症になると、記憶や言語やその他複数の機能に障がいが生じて、出来ないことが増えてきます。一番問題なのは社会生活活動の水準が低下するということです。実は皆さんも私も歳をとるにしたがって、少しずついろいろな機能が低下していきます。認知症は特別なものではなく、機能の衰えが少し早くきた病気と考えていただければいいと思います。

老化については社会とのつながりが薄くなっていくことの影響が大きいといえます。外出の機会が少なくなると足を使わなくなり、足腰が弱ってきます。体を動かさないと当然食欲も出ません。食事の量が減ると栄養素が入ってこないから筋肉が作れなくなります。これが現代の標準的な歳のとり方です。専門用語で「フレイル」といい、今とても話題になっています。この「フレイル」は、筋肉がなくなるという身体的なもの、友だちとのつきあいが減るなど社会的なもの、そして精神的なもので面倒くさくなるという3つの要素、これらが悪循環して歳をとっていくというプロセスです。放っておくと自然の流れで歳をとるので、改善するためには少々努力が必要です。一番いいのは社会参加です。そしてやはり運動をして内部を若々しく保つというのが重要です。気合いを入れずとも単純に速足で歩くとかラジオ体操など、ぜひ心がけていただきたいと思います。

認知症は学問的には脳に気質的影響、つまり神経細胞自体に何か問題が生じるということです。エスポアール出雲クリニックの高橋幸男医師は、症状を8段階に分類できるといわれ「からくり」と呼んでおられます。自然な会話ができなくなる初期の症状、最終段階となる徘徊や暴力、介護拒否、異食行動などは突然出てくるのではなくて順番があります。私も外来診療を行っていて、認知症の進これらの段階を実感しています。

認知症の種類とケアについて

認知症にはいろんな種類があります。「アルツハイマー型認知症」「レビー小体型認知症」「前頭側頭型認知症」「血管性認知症」、他にもあります。それぞれ特徴がありますが、まとめて「認知症」と呼んでいます。そのなかで6割くらいの方がアルツハイマー型認知症です。これは簡単にいうと記憶の障がいで、正確にいうと30秒だけおぼえられます。そのあと記憶は消えます。通常、脳の記憶システムは「これは大事だな」と判断したら3分覚えておくシステムに情報を流し「これは超大事だ」となると、ずっと覚えておくシステムに受け渡すように機能します。脳はそのように3段階に分けて記憶するのですが、アルツハイマー型認知症の方は30秒のシステムは正常ですが、次のシステムが壊れているので、そこで情報がなくなります。ただ、感情に伴う記憶は残ります。たとえば怒られたということは記憶できて、娘さんがお母さんを怒ると「こいつは嫌な奴だ」という感情が芽生えます。認知症の方に接するときには、特に感情に注意していただきたいと思います。もちろんケアする方にも感情がありますし、嫌なことを言ってしまうこともあります。そんなときは、にこやかに楽しいことを言って嫌なことを打ち消してあげれば、プラスマイナスでゼロになります。一週間、ひと月、合計して、うれしい、楽しい方が多ければ良いのです。そんなケアをしていただきたいと思います。

「レビー小体型認知症」は、物忘れは軽いのですが、幻視が生じる症状です。ある方は「壁の傷の隙間から板みたいな人間が毎晩出てくる。そして、私をずっと見守っている。『お前、何だ』っていうと、消える」と言われました。レム睡眠行動異常というのは、普通皆さんが寝ていて夢を見るときには体は動かないのですが、レビー小体型認知症の方は体が動くのです。パーキンソン症状が典型的なものです。アルツハイマー型の場合は身近にいる人たちによるケアが重要ですが、レビー小体型の場合は医師と相談して薬の調整をしてもらうことが必要です。新薬も開発中ですが、まだ現在の医療としては薬とケアの両方のセットでやっていくというのがベストだと思います。