梅の蕾もほころび始め、春の訪れが待ち遠しい季節となりました。今月の言葉は、浄土真宗の篤信者(とくしんしゃ)として知られる中村久子さんの歌です。
「生かさるる よろこび匂う 春の梅」
中村久子さんは、幼少期に突発性脱疽(だっそ)という病気で両手両足を切断されました。七十二年の生涯において、その苦労は計り知れません。しかし、彼女は「手足なき身にしあわせを感じる」と言い切れるほどの、豊かな心境に到達されました。
その転機となったのが、仏法との出遇(であ)い、そして「他力(たりき)」への目覚めでした。
「他力」というと、「他人任せ」と誤解されることがありますが、浄土真宗ではそうではありません。「自分の小さな計らいを超えた、阿弥陀さまの大きなはたらき」のことを指します。
私たちはつい、「自分の力で生きている」と奢(おご)ってしまいます。しかし、久子さんは身体の不自由さを通して、自分一人の力には限界があることを痛感されました。そして、食事も、排泄も、着替えも、誰かの助けがなければ一日たりとも生きられない自分自身を見つめ直した時、そこに「申し訳なさ」を超えた「感謝」が生まれたのです。
「ああ、私は多くの命やご縁によって、今、生かされているんだ」
そう気づいた時、灰色に見えていた世界が、梅の香りが満ちるような色鮮やかな世界へと変わりました。「生きている」のではなく「生かされている」。主語が「私」から「阿弥陀さま(大きな命)」に変わった瞬間です。
私たちもまた、悩みや苦しみの中にいます。しかし、どんな状況にあっても、阿弥陀さまの慈悲の光は、梅の香りのように私たちを包み込んでくださっています。
「生かさるる」喜びに目覚める時、何気ない日常の景色が、かけがえのない輝きを放ち始めます。梅の花を見るたびに、私たちが受けているたくさんのご恩を、共に味わわせていただきましょう。
