「おうっ――」
孤雲は、土牢の口へ、われを忘れて飛びついていた。
「若様。――寿童丸様」
朱王房は、牢内の闇から、じっと、孤雲の面を見つめていたが、躍り上がるように立って、
「やっ。七郎ではないか」
「七郎です。わ、若様、七郎でございまする」
「なつかしい」
と、朱王房は、痩せた手を牢格子のあいだから差し伸べて、
「会いたかった……」
「七郎めも、どれほど、お行方を尋ねていたかも知れませぬ」
「おお」
と、朱王房は、思い出したように、牢格子へ手をかけて、
「いいところへ来てくれた。
お前の腰の刀(もの)を貸せ」
「どうなさるのでございます」
「知れたこと、この牢を破るのだ。斬り破るのだ。――人の来ないうちに、早く」
「でも……」
と、孤雲はおろおろして、厳(いか)めしい高札に憚(はばか)ったり、道の前後を見まわしたが、折ふし、人影も見えないので、彼も、勃然(ぼつぜん)と、大事を犯す気持に駆られた。
脇差を抜いて、牢格子の藤(ふじ)蔓(づる)を切りはじめた。
朱王房は、渾身(こんしん)の力で、それを、揺りうごかした。
四、五本の鎹(かすがい)が、ぱらぱらと落ちると、牢の柱が前に仆(たお)れた。
炎の中からでも躍りだすように、朱王房は外へ出て、青空へ、両手をふりあげた。
「しめた。もう俺の体は、俺の自由になったぞ。――うぬ、見ておれ」
走り出そうとするので、
「あっ、若様っ、どこへ――」
と、孤雲は彼が歓びのあまりに気でも狂ったのではないかと驚いて抱きとめた。
「離せ」
「どこへおいでになるのです。若様の行く所へなら、どこへまでも七郎とてもお供をいたす覚悟でございます」
「山を去る前に、範宴の細首を引ン捻(ねじ)ってくれるのだ」
「滅相もない。範宴さまと、性善房どのとは、この身に恩こそあれ、お恨み申す筋はありません」
「いや、俺は、嫌いだ」
「嫌いだからというて、人の生命(いのち)をとるなどという貴方様のお心は、鬼か、悪魔です」
「貴様までが、俺を、悪魔だというか。俺は、その悪魔になって、範宴とも、闘ってやるし、この山とも、社会とも、俺は俺の力のかぎり、争ってやるのだ」
「ええ、貴方様はっ」
満身の力で、狂う彼をひきもどして、道へ捻じふせた。
そして、
「まだ、そのねじたけお心が、直(すぐ)におなり遊ばさぬかっ。お父上のご死去を、ご存じないのですか。家名を何となされますか。ここな、親不孝者っ」
と主人の子であることも忘れて、胸ぐらを締めつけた。
「あっ。くるしい。こらっ七郎、貴様は俺を撲りに来たのか」
「打ちます、撲ります。亡きあなた様のお父上にわって、打たせていただきます」
「この野郎」
刎ね返そうとすると、七郎は、さらに力をこめて、朱王房の喉(のど)を締めつけた。
うウむ……大きな呻きを一つあげて、朱王房は、悶絶してしまった。