親鸞・去来篇 12月(2)

「ははあ……。それではあなたは、真面目な職業のお方ではなく、天城の住人で、木賊四郎と呼ぶ野盗の頭(かしら)であったのですか。――けれど、そういわれても、私にはまだ信じられません」

範宴がいうと、四郎は、

「なにが信じられねえと?」

聞き咎めて、凶悪な眼で睨みつけた。

「――さればです。いつぞや、小泉の宿で、私や弟の難儀な場合をああして救って下された時のありがたいあなたの姿が、今もって、私の瞼(まぶた)から消え去らないのでございます。どうあっても、あなたは善根の隣人に思われて、さような、魔界に棲(す)む人とは、考えても考えられないのでございます」

「馬鹿者!」

四郎は、歯ぐきを剥きだして、嘲笑(あざわら)いながら、

「あれは悪事をする者の資本(もと)と同じで、悪党の詐術というもの。俺という人間は、善根どころか、悪根ばかりこの社会に飢え歩いている。魔界の頭領なのだ。またこの先、こんな策(て)に乗らねえように、よく面(つら)をおぼえておけ」

範宴の身をかばいながら、杖を横に横たえていた性善房歯、たまりかねて、

「おのれが、人をあざむき世を毒す食わせ者であることはもう分った。多言をつがえる要はない。ただ、その女子(おなご)をおいて、どこなと立ち去るがよい」

「ふざけたことを申すな。この美貌の女子を手に入れるために、俺は二十日あまりの日を費やし、旅籠料やら何やらと、沢山の資本(もと)をかけたのだ。これからは、しばらく自分の持ち物として楽しんだうえで港の遊女へ売るなり、陸奥(みちのく)の人買いに値よく渡すなりして資本をとらなけれやあならない。なんで貴様などに、返していいものか」

「渡さぬとあれば――」

「どうする気だっ、坊主」

「こうしてやる」

性善房が、振り込む杖を、天城四郎は、かろく身をひらいて右につかみながら、

「汝(うぬ)ら、下手なまねをすると、地獄へ遍路に生かせるぞよ」

「だまれっ」

杖を、奪いあいながら、性善房は、全身を瘤のようにして、怒った。

「われらを、ただの僧侶と思うとちがうぞ。これにおわすおん方こそ、六条の三位範綱朝臣の御猶子少納言範宴様。また、自分とてもむかしは、打物とった武士の果てじゃ」

「はははは。それほど、腕立てがしたいならば、四郎の手下にも、ずいぶん、血を見ることの好きなのが大勢いるから、まず、そこいらの男どもと、噛み合ってみるがいい。――おいっ」

と、後は後ろにいる八、九名の手下をかえりみて、

「この二人の坊主を、どこかその辺の木へ、裸にして、縛り付けてしまえ」

と、いいつけた。

それまで唖のように眼を光らしていた男たちは、おおという声とともに、凶悪な餓(が)狼(ろう)となって、範宴と性善房を輪のなかにつつみ、八方から、躍りかかった。