親鸞・去来篇 12月(3)

範宴が、止めるのもきかず、衆に向ってかかったので、性善房は、さんざんに打ちのめされてしまった。

そして、ほとんど半死半生のすがたになった彼を、萱原の枯れ木の幹に賊たちは縛(くく)りつけて、やがて、範宴の身も、朝麿の身も、同様に、うしろ手に縛(いま)しめて、

「ざまあみろ、いらざる腕立てをしやがって」

と、凱歌(がいか)をあげた。

そして、野盗の手下は、当然の労銀を求めるように、性善房のふところから、路銀を奪い取って、

「生命(いのち)だけは、お慈悲に、助けてやる」

といった。

性善房は、そんな目にあっても、まだ、賊に向って罵ることばをやめなかった。

「悪魔どもめ!汝らは、他人の財物をうばい、他人を苦しめて、それで自分が利を得たとか、勝ったかとか思うていると大間違いだぞ。そうやって、横手を打っていられるが、それらの罪業はみな、自分に回(かえ)ってくるものなのだ。おのれの天(てん)禄(ろく)をおのれでうばい、おのれの肉身をおのれで苦患(くげん)へ追いやっているのだ。今にみろ、汝らのまえには、針の山、血の池が待っているだろう」

「あははは」

野盗の手下たちは、放下師(ほうかし)の道化ばなしでも聞くように、おもしろがった。

「この坊主め、おれたちに向って、子どもだましの説法をしていくさる。地獄があるなら、見物に行ってみたいくらいなものだ」

一人がいうと、また一人が、

「地獄というのは、今のてめえの身の上だ。いい加減な戯言(たわごと)ばかりいって、愚民をだましてきた罪で、坊主はみんな、地獄に落ちるものと相場がきまっているらしい」

悪口雑言を吐いて、

「お頭(かしら)、行きましょうか」

と、天城四郎をうながした。

四郎は、梢の手をひいて、

「俺は、この女と一緒に、しばらく、都の方へ行き、半年ほど町家住いをするつもりだ。てめえたちは、勝手に、どこへでも散らかるがいい」

と、いま、性善房のふところから奪った金に、自分の持ち合わせの金を、手下たちに分配して、すたすたと、先に立ち去ってしまった。

もう反抗する力を失ってしまったのか、梢は、四郎の小脇に、片方の腕をかかえ込まれたまま、彼の赴く方へ、羊のように、従(つ)いてゆくのだった。

「あばよ」

賊の乾分(こぶん)たちは、そういって、性善房や朝麿の口惜しげな顔を、揶揄(やゆ)しながら、夜(よ)鴉(がらす)のように、おのおの、思い思いの方角へ、散り失せてしまった。

範宴は、木の幹に、縛られたまま、耳に声をきかず、口に怒りを出さず、胸にはただ仏陀の御名だけをとなえて、じっと、眼をつむっていた。

夜半(よなか)の霜がまっ白に野へ下りて月が一つ、さむ風の空に吹き研がれていた。

しゅくっ……と朝麿の泣く声だけが、ときどき、性善房の耳のそばでした。

※「天禄」:天から賜る福禄。噛みから授かるよいもの。天佑。