小説・親鸞 火(か)焔(えん)舞(ま)い 2014年12月25日

「まったくの四郎か」

六波羅侍は、念を押す。

月輪殿の家来は、

「まちがいございませぬ」

ふるえながら答えた。

「よろしい、召捕ってしまうから心配いたすな」

やがて後から殺到した捕吏(とりて)の者を、館の外へ配置して、太刀の反(そ)りを打たせながら侍たちはずかずかと前栽のうちへ入って行った。

「あれだな」

四郎の姿を認めて、六波羅侍の三名が佇(たたず)むと、天城四郎は、奥殿へ喚(わめ)いていたその赭(あか)ら顔を、こっちへ向けて、

「?……」じっと無言になった。

「不敵な兇賊(きょうぞく)めっ、うごくなっ」

呶鳴った侍が、逞しい体をいきなり打(ぶ)つけて行くと、

「畜生っ、六波羅へ告げやがったな!」

呪(じゅ)詛(そ)の一声を、館のうちへ投げるが早いか、四郎は猛然と格闘をうけた。

そして、「野郎っ」と、相手に充分組ませておいて、ふところから抜いた短刀で、その侍のわき腹を抉(えぐ)りつけ、

「どいつも、近寄ると、こうだぞ」

死骸をどんと突き放した。

「や、や」

気を呑まれた他の顔へ、血潮で塗られた短刀を投げつけると、彼の体は、ひらりっ――と神殿の前にある大きな松の根がたまで、風を孕(はら)んだように飛んでいた。

追いすがる間もない――するすると、その幹へ、四郎の姿は栗鼠(りす)のように疾(はや)く登っていた

「おのれ」

その下まで、侍たちが駈け寄った時は、四郎の身はすでに、一つの枝から大屋根の上へ跳び移っていて、

「馬鹿っ」と、下へ呶鳴りつけた。

言葉のうえのみでなく、顔つきにまで、その罵(ば)倒(とう)の意味を表現して、白い歯を剥(む)きだしながら、からからと、大屋根の上で高くあざ笑った。

「てめえ達とは、体のできが違うぞ、天城四郎は、不死身なのだ、源(げん)三(さん)位(み)の矢も、俺には通るまい」

憎々しい見得を切って、大殿の屋根の峰を闊(かっ)歩(ぽ)するように、手を振って、ばらばらと東の方へ翔(か)けだした。

「捕れ」

「射ろ」騒ぐうちに、どこからどう失せたか、姿は見えなくなって、ただ門前の群集だけが、絵巻の妖怪を白昼に見せられたように、わいわいと騒ぎ立っていた。

「おもしろい男だ」

「悪党もあのくらいになれば、大したものだ」

「つまり、武家だの僧侶ばかりが、あまり威ばっているので、ああいう反逆者が生まれるんでしょうな」

「たくさんは困るが、一人や二人は、あんなのもいたほうがいい」

そんなことをいって容易に立ち去らない群衆の中に、黒い法師の頭巾を頭からかむって天城四郎はいつの間にかまじっていて、

「盗賊は、まだ捕(つかま)らぬか。はて、のろまな警吏(やくにん)だ」

と、後ろへ供につれている童(わっぱ)のような小男――蜘蛛(くも)太(た)を顧みてにやりと笑った。