小説・親鸞 去来篇 2015年1月7日

「この梅も大きくなったな」

綽空は、山王の社前にある梅の樹を見あげていた。

そこらの石、燈籠、すべてに懐かしげな眼をやって、

「二十年経った……」と、独り想う。

峰から東塔(とうとう)の沢へ出て、やがて飯室谷へ来る間の眼にふれる物も、すべて彼とは旧知の山水である。

――十歳の年から二十年の今日まで。

彼は、ひそかに、別れを告げていた。

ことに長い間、自力難行の惨(さん)身(しん)を曝(さら)した大乗院の門を仰ぐと、いい知れない感慨につつまれて、しばらく、立ってそれを仰いでいた。

今や自分は、この自力難行道の床(ゆか)を捨てただけに飽き足らないで、さらに、すべての僧人が鉄則としている持(じ)律(りつ)戒(かい)行(ぎょう)のすべての古い殻(から)を蹴破ろうと決意しているのだ。

三十一歳までの清浄(しょうじょう)身(しん)を、擲(なげう)って、現在の僧侶にいわせれば、汚(お)濁(じょく)の海、罪業の谷ともいうであろう、畜妻たん肉(にく)の徒(やから)になろうという意思を固めているのだ。

所詮、叡山は二度と自分を容れまい――容れる雅量があるまい――今日が別れである。

あしたは、綽空一箇を法敵としてこの山は鳴り怒るであろう。

彼はそう思いながら、飯室谷を去った。

だが――彼の信念がそうしていかに強く固まってきても、玉日姫を力で奪ってくるわけにはいかなかった。

また、彼の夢みている大誓願も、彼女以外の女性では絶対にならないのである。

綽空はまた、以前とは違う苦悶に堕ちた。

(どうしたら彼女を獲られるか)それを考えることは、真理の影を追うよりも困難に思われた。

誰よりも、人間として自分を知っていてくれる師の慈円ですら、黙して答えなかった。

「いっそ月輪殿へ、自分で――」と考えつめることすらある。

しかし、それがいかに狂人に似た振舞であるかをも同時に思わずにはいられない。

今、玉日姫は、世間のうわさがうるさいために、西(にしの)洞院(とういん)の別荘のほうへひそかに身をかくしているといううわさである。

例の天城四郎が館(やかた)を脅(おび)やかしてから侍女(かしずき)の万(まで)野(の)もその後はふッつりと岡崎へすがたを見せない。

おそらく、禁足を命じられているのであろう。

そこへは、近づき難いし、姫の便りも断ち切られたが、綽空の夢は、ほとんど、ある夜はそっと彼の肉体をぬけて、姫のすがたを見ることもあった。

ことに、一夜一夜、星の光も温かい春の宵となるにつれて――

ある朝だった。

綽空は、ゆうべの夢を、紙片に書きとめて、誰にも見すべきものではないとして、自分の手箱の底に秘めておいた。

行者(ぎょうじゃ)宿報(しゅくほう)設女犯(せちにょぼん)

我(が)生玉(しょうぎょく)女身(にょしん)被(ひ)犯(ぼん)

一生(いっしょう)之(し)間(けん)能(のう)荘(しょう)厳(ごん)

臨終(りんじゅう)引導(いんどう)生(しょう)極楽(ごくらく)

*叡山(えいざん)から降りてきた一人の寺侍がある。一(いっ)枝(し)の梅に、文書(てがみ)を結(ゆ)いつけて、五条の西洞院へはどう行きますかと、京の往来の者に訊(たず)ねていた。

*「たん肉(たんにく)」=「たん」はくらう、くう。肉をくらうこと。