群集に加担もせず、また、その渦中に揉(も)み罵(ののし)られている輦(くるま)の人にも共鳴せず、ただ傍観者として子の成行きをながめている者は、
――どうなることか。
興味と不安とを併せて抱きながら、自分たちも、余波をうけて、人の怒涛に押しつけられていた。
すると、ひしめきあっている群集の後ろから、背のすぐれた大坊主と肉のかっちりと緊(し)まった四十前後の痩せがちの僧とが、
「退(の)け」
「邪魔だ」と、弥次馬をかき分けかき分けして、一心に、輦(くるま)のほうへ近づこうとして焦(あせ)っていた。
――誰か、熱鬧(ねっとう)の人(ひと)渦(うず)のうちから、その時綽空の輦を眼がけて、
「――堕落僧っ」と、石を投げた者がある。
一人の弥次馬が、暴行に率先して、悪(あく)戯(ぎ)の範を垂れると、火がつくように浮かされている人間の渦が、いちどに、
「わあっ」と、喝采をあげて、
「外(げ)道(どう)めっ――」とまた、石を抛(ほう)り投げた。
ばらばらっと、牛の草鞋だの、棒切れなどが、軌(わだち)や、簾(れん)へ向って、暴風(あらし)みたいに飛んできた。
だらだらと、こめかみに、汗をながして弥次馬をかき分けてきた大坊主と、もう一名の僧とは、
「ややや」と立ち淀みながら、法衣(ころも)の袖を腕高くからげて、
「この慮外者めが」
痩せた僧のほうが、側に、小石を拾っている凡下の頭へごつんと鉄拳を与えると、大坊主はまた、弥次馬の蔭にかくれて、今しも、輦(くるま)へ向って、物騒な瓦の欠(かけ)らを投げつけようとしているどこかの法師の顔を見つけて、
「この蛆虫(うじむし)ッ」と、腕を伸ばすが早いかその襟(えり)がみを前へつかみ寄せて、眼よりも高くさしあげると弥次馬の上へ、
「くたばれっ!」と抛(ほう)り投げた。
群集は、わっとそこを開いて、四坪ほど大地の顔を見せた。
投げられた法師は鼻の頭を柘(ざく)榴(ろ)のようにして、人のあいだへ這いこんだ。
大坊主と、痩せた僧は、その隙間に、輦のそばへ走り寄って、
「お師様っ」
「綽空様っ」轅(ながえ)にすがりついて、顔を、汗と涙でよごしながら叫んだ。
「おお、性(しょう)善坊(ぜんぼう)に、太(た)夫房(ゆうぼう)覚(かく)明(みょう)か」
綽空は、初めて、唇(くち)をひらいた。彼の眼にも、きらと、涙が光った。
二人は、焔(ほのお)のような呼吸(いき)で、
「おゆるしなく、参りました。けれど、何でこれが他所(よそ)事(ごと)に見ておられましょうか。どうぞ、吉水の御門前まで、お供の儀、おゆるしくださいませ」
性善坊がいうと、あの木曾殿の荒武者といわれた覚明も泣かんばかりに、
「おゆるし下されい。いや、おゆるしがなくとも、輦について参りますぞ」と、訴えた。