薪(まき)に油である、覚明の投げたことばは、山法師たちの顔を、すべて火にさせた。
「吐(ほ)ざいたな、広言(こうげん)を」
「いつぞや、山門の者を、手痛い目にあわせた下(げ)手人(しゅにん)も、こいつであろう」
「こやつから先に成敗(せいばい)してしまえっ」
吠(ほ)え合うと、一人が、
「かくのごとく」
と、いきなり薙刀(なぎなた)を舞わせ、覚明の頭(ず)蓋(がい)骨(こつ)を横に狙って、ぶんと払ってきた。
「児戯(じぎ)。何するものぞっ」
覚明は身を沈め、宙を切って行く薙刀の柄をのぞんで手をのばした。
ぐっとつかんで自分の脇の下へかかえ込むと、
「ウヌ」
彼の二つの眼は、そのむかし木曾軍の猛将とよばれたころのものにかえって、顔から飛び出すような光を発した。
はっ――と相手が竦(すく)んだせつなに、薙刀はもう覚明の手に持ち直されていたのである。
覚明は、それを斜めに振りかむると、敵のことばを真似(まね)て、
「かくのごとくにかっ」と、呶鳴った。
善信が、
「待てっ」と、止めた声も、相手の山法師たちが、
「あっ」と怯(ひる)んで後ろへ退がった行動も、弦(つる)にかけられた覚明の勢いには効(き)き目(め)がなかった。
――異様なものがギャッという音と共に破裂した、赤い泥をぶつけたような脳漿(のうしょう)の血しぶきだった。
――同時に一箇の胴体は地ひびきを打って仆(たお)れていた。
「や、やりおったなッ」
「おう、阿(あ)修(しゅ)羅(ら)が今、地獄を現じて見せてやる。地獄もまた、わいらのような似非(えせ)法(ほう)師(し)の性(しょう)を懲(こ)らすためには、この世に現じる必要がある」
三振り。
四振り。
彼の渾身(こんしん)から湧きあがる憤りをこめて薙刀を舞わすと、山法師たちは、それに当たり難いことを自覚したのか、それとも、最初からとても手出しはしまいと見(み)縊(くび)って来たのが案外な反撃を食って、急に怯(ひる)みだしたのか、
「忘れるなよ」
「その広言を」
「後日来るぞっ――。それまで、そこの死骸は、あずけておくぞ」
こう云い捨てて、わらわら、後も見ずに逃げ去った。
「卑怯っ」覚明は、満足しない。
「返せっ、この死骸、持って失せろっ」
呼びかけながら、一町ほど追いかけて行った。
しかし、逃げ足の早い敵を、遠く見失うと、彼もまた、一時の激発から醒(さ)めて立ちどまった。
そして、血しおのついている薙刀――手――法衣(ころも)の袂(たもと)を――急に浅ましい顔をしてながめた。
「あ……たいへんなことをしてしまった」
覚明は、自分の行為に、戦慄(せんりつ)をおぼえた。
いや、この結果として自分のうける罪の裁きよりは――師の善信にかかる禍いを考えて、
(しまった……)と、心で叫ばないではいられなかった。
そう気がつくと、一時(ひととき)も、手にしていられない気持がして、彼は血によごれた薙刀を、草むらへ抛(ほう)り捨てた。
そして、草庵のほうへ戻りかけたが、急に、何か戻るのが怖ろしくなって、少年のように、樹蔭にかくれて、しばらく彼方(かなた)の様子を窺(うかが)っていた。