『出会いも縁別れも縁』(前期)

3月、4月は出会いや別れを経験したり、また過去のそういった経験を思い出したりする方も多くおられると思います。

「出会いは人生を豊かにし、別れは人生を深くする」

という言葉を私は大事にしていますが、出会いだけの人生などなく、出会いの数だけ別れがあるのも人生です。

表裏一体という言葉があるように、表だけの紙など決してなく、表があれば必ず裏があります。

生と死においても、生まれたということは、「必ず死んでいかねばならない身に定まった」ということでもあり、同様に「出会った」ということは、同時に「必ずお別れをしていかなければならない間柄となった」ということです。

だからこそ、この一瞬一瞬の出会いが、ご縁が、かけがえのない有難いものであるといただけてくるのではないでしょうか。

縁という言葉は、「おかげさまで、良いご縁をいただきまして」などというように、わたくしにとって、良いことがあったときに、もっと言うならば都合の良いことが起こったときに使われることが多いのですが、そういったいわゆる良縁だけを縁というのではありません。

わたくしにとってつらく悲しく厳しい縁を逆縁(ぎゃくえん)ともうしますが、仏教では「逆縁のまたご縁」といただいております。

ただ今のわたくしという立場に立って、自覚的にいただけるものがご縁の世界です。

ですから、ご縁はそれがわたくしにとって都合が良かろうが悪かろうが選ぶことはできません。

お互いに今という立場に立って過去を振り返ったとき、楽しかったこと、うれしかったことなど、都合の良いことばかりではなかったと思います。

苦しかったこと、悲しかったこと、つらかったことなども印象深く残っていることかと思います。

それら一つ一つのご縁によってただ今のわたくしがここにこうして存在している、といういのちの見方を仏教は大切にしています。

友や師、多くの方々との出会いを通していろいろなことに気付かされ育てられてまいりました。

別れもまた、そのつらく、悲しく、厳しく、苦しい別れを通さなければ気付けなかった、見えてこなかった世界もあると思います。

一つ一つの出会いを大切にする人は、厳しい別れを知っている人なのかもしれません。

そういった思いのなかで、出会いがよりその人の人生を豊かにし、別れがよりその人の人生を深くするものだと思います