「そちたちも行くか」と、親鸞は、二人の子に手を引っぱられて、藁草履(わらぞうり)をはいた。
裏方の朝姫も、
「どれ、お父さまのお出まし、お門(かど)までお送りしましょうかの」
乳のみを抱いて、裏口へ出た。
親鸞は、草庵の裏へ出て、少し歩むと、井戸のそばに草履をぬいで、跣足(はだし)になった。
そして、法衣(ころも)のすそを高くからげると、毛のふかい脛がむき出されたので、子どもたちは、父のそうした姿をよろこんで、
「お父さまが、お百姓になった。お父さまが田植しにござる」
と、手をたたいた。
親鸞は、僧房の窓を振向いて、
「生信房はいるか」
するとすぐ、生信房は外へ出てきて、
「おお。……今日もお出かけなされますか」
「大地を素足で踏むと、一日も踏まずにはおられぬような気のするほど、よい心地じゃ。西仏にも、後から来よと告げてくだされ」
「はい」
と、生信房が、あわてて支度にもどってゆくと、その間にもう、親鸞は、檜の大きな笠をかむって、すたすたと田の方へ出て行った。
稲田数千石の田の面(も)は、一眸(ひとめ)のうちに入ってくる。
植えられた田――まだ植えられない田が――縞になって見えた。
あなたこなたには、田植笠が行儀よく幾すじにもなって並んでいるのである。
その笠の列も、空を飛ぶ五位鷺の影も、田水に映っていた。
「お上人さまがいらっしゃったげな」
田の者が、彼の姿を見つけて、すぐ伝え合った。
「おお、ほんとに」
「あんなお姿で来る所を見ると、さっぱりわしらと見分けがつかんわ」
「都にあれば、尊いお身でいられるというのに、なんで、わしらと一緒になって、この泥田の中へ、好んでお入りになるのじゃろ」
「お上人さまの功徳でも、この秋は、ふッさりと穂が実ろうぞや」
そういうことばの下から、はや晩の教えを思い出して、念仏を口にする声もながれた。
親鸞は、そこへ来て、
「みなの衆」
と、にこやかに呼びかけた。
「また、お邪魔に来ましたぞ、手伝いといえば、ていさいはよいがの、お百姓仕事には、親鸞はまだ未熟ゆえ、お邪魔にというとほうがほんとであろう」
「さあさあ、お上人さま、ここの列へ入って、植えてくだされ」
「苗をくだされ」
親鸞は、深々と、泥田のなかへ、脛(すね)を入れていた。
そして、苗束を持って、四、五本ずつ田へ植え込んでゆきながら、
「だんだん巧みになる。――生信房の植えた苗より、わしのほうが行儀がよいようじゃ」
などと戯れた。
生信房は、負けない気になって、
「お師さま、そのかわりに、私はあなた様よりも、ずっと植え方が早うございます」
「はははは、でも秋になって、どちらが稲穂がよけいにつくじゃろか。……生信房も皆の衆も、ただこう苗の根を泥の中へ突っ込んでいるだけらしいが、親鸞のはそうでない、一念一植のこころを持っていたしておる。それゆえに、秋になれば、わしの植えた苗は、暴風雨(あらし)にも倒れず、必ず、稲穂もよけいに実るであろう」
と、いった。