「出せっ、今見ていた物を見せろっ」
良人の怒号を浴びて、お吉は、紙のように白くなってしまった。
「かくしたなっ、何か」
「いえ……」
「なんだっ、今、ふところへ隠した物はなんだ」
「……これは」
胸を抱いて、彼女はすくんでしまった。
「ははあ、読めた。どうもこのごろ、おれに向って、てめえの様子がやさしすぎるわいと変に思っていたが、さては、隠し男をこしらえていやがるな」
「めっ、滅相もない」
「うんにゃ、そうに違いねえ。うぬが隠し男を持っているので、なんとか、おれを甘口に乗せて誤魔化していやがるのだろう」
「ど、どうしてそんな、大それたことを私が……。あまりといえば、情けないお疑いでございます」
お吉は、鬢(びん)の毛をふるわせて、良人のことばを、恨めしく思った。
「じゃあ見せろ。――見せられめえが、それは、男からきた艶文(ふみ)にちげえねえ」
「とんでもない……そんな物ではございません」
「いうなっ、もう何も吐(ぬ)かすなっ。おれにはちゃんと解っている。てめえの相手は、仲間の和介だろう」
「えっ?」
「どうだ、おれの眼に、くるいはあるめえ。弟弟子の和介の野郎と、てめえは、艶文を交わしているのだろうが」
「なんで私が……ええあんまりな」
「しぶとい阿女(あま)めが」
平次郎は、猜疑の鬼になっていた。
妻のやさしい情けも、苦役して稼ぐ小費(こづかい)も、みなその和介にむすびつけて日ごろから邪推していたものである。
「よくも……男のつらに泥を塗りゃあがったなっ。……ウウム、見ていやがれっ、うぬも、和介の野郎も」
どん――とお吉を一つ蹴放しておいて、平次郎は、奥へ駈けこんで行った。
そして片肌を脱いで、逞しく盛り上がっている筋肉を見せ、再び躍り出してくると、
「この不貞腐れめっ」
振り上げたのは、彼の仕事道具である磨(と)ぎ澄ました大手斧(おおちょうな)だった。
「――キャッ」
お吉は、自分の身をどううごかしたか知らなかった。
機の陰へ、俯ッ伏したのであった。
平次郎が振り下ろした手斧の刃は、その機に懸けてある千(ち)すじの糸をばらばらに切ったので、糸は蜘蛛の巣のように、彼の体にもお吉の髪の毛にも乱れかかった。
「――待って」
と、お吉は絶叫したが、
「くそっ」
平次郎の眼はまったく夜叉仮面(やしゃめん)のように吊り上って、酒と、邪推と、白刃の三つに毒を仰飲(あお)ったように狂っているのであった。
「い、いいますッ――いいますから――、まって、待って」
「ええ、今さら、聞く耳はねえ、思い知れ」
手斧の光は、せまい土間の中を大きく二振り三振り、風を斬った。
お吉は、壁にぶつかった、機にぶつかった。
また、雨戸にぶつかって、転げた。
外へ、どんと仆(たお)れた雨戸は、彼女の体をまろばせて、次に、平次郎の荒い足にベリベリッと踏み破られた。
「――あれッ、どなたか、どなかた、来てくださいっ」
闇へ向ってさけびながら、お吉は、家の外へ走っていた。
何もかも夢中であった。