それから六条の大路へ足を入れると、二人はさらに、
「変わったな」
というつぶやきをくりかえした。
辻の市場は、目立って繁昌しているし、往来の両側にある商い家も、平氏の世盛りのころより、ずっと、数が殖えていた。
空地にさえも、傀儡師(くぐつし)か、香具師(やし)か、人寄せの銅鑼(どら)を鳴らしている男が、何か喚いているし、被(かず)衣(き)をかぶって、濃い脂粉をほどこした女が、あやしげな眼ざしをくばって、鼻の下の長い男を物色している。
「人間の社会(よのなか)というものは、ちょうど春先の野火焼とおなじようなものでございますな。――焼けば焼くほど、後から草が伸びてくる……」
と、性善房は、感心していった。
一見、戦は、急速に社会を進化させるもののように見える。
そして、誰一人、ここに生きているものは戦を呪っていなかった。
その代りに、人間は、おそろしく、刹那主義になっていた。
平家の治世がすでにそうだったが、一転して、源氏の世になると、なおさら、その信念を徹底してきたかのように、女は、あらん限り美衣をかざり、男は、絶えず、息に酒の香をもって歩いていた。
「――坊(ぼ)んさん」
「お法師さま」
六条のお牛場のあたりを、二人は、見まわしていると、かつて、その辺の空地に寝ころんでいた斑(まだ)ら牛や、牛の糞に群れていた青蠅のすがたは一変して、どこもかしこも、入り口の瀟洒(しょうしゃ)な新しい小屋や小館(こやかた)で埋っていた。
店の前を、網代(あじろ)垣(がき)でかこんだ家もあるし、朽葉(くちば)色(いろ)や浅黄(あさぎ)の布を垂れて部屋をかくしている構えもある。
また塗塀ふうに、目かくし窓を作って、そこから、呼んでいる女もあるのだった。
「これが、元のお牛場であろうか――」
と、範宴も、性善房も、茫然としてたたずんでしまった。
このつい近くであったはずの六条の範綱の館はどこだろう。
跡かたもない幼少のころの家をさがし廻って、範宴は、ここでもまた、憮然(ぶぜん)とした。
「きれいなお坊んさんと、お供の方――」
黄いろい女たちの声が、家々の窓や垂れ布の蔭から。
しきりと、呼びぬくのであったが、自分が呼ばれているのであるとは二人とも気がつかない。
で、なお、狭い露地まで入って行こうとすると、低い檜垣(ひがき)の蔭から、
「いらっしゃいよ」
と、白い手が法衣の袂をつかんだ。
範宴は、眼をまろくして、
「なにか御用ですか」
女は、白い首を二つそこから出して、
「あなた方は、何を探しているんです」
「六条の三位範綱さまのお館を」
「ホ、ホ、ホ。……そんな家は、もう一軒もありませんよ。ここは、遊女町ですからね」
「え。……遊女町」
「往来から見れば分りきっているじゃありませんか。お入りなさいよ」
性善房が横から、
「馬鹿っ」
と叱って、範宴の袂をつかんでいる女の手を、ぴしりと打った。