黒い布(ぬの)を顔にぐるぐると巻いた背の高い男である。
裁著(たっつけ)の腰に革巻(かわまき)の野太刀の背にふさわしい長やかなのを横たえ、五条大橋の方から風のように疾く駈けてきたが、そこの辻に佇(たたず)んで笑いあっている一群(ひとむれ)を見ると近づいてきて、
「阿呆ども、そんなところに立って、何をげたげた笑っているのだ」
「あッ、親分ですか」
「並木の蔭へでも引込んでいろ。それでなくとも、六条の町の火(ひ)放(つ)けは、天城(あまぎの)四郎(しろう)のしわざだと、もう俺たちの噂が、火よりも迅く迫っている」
「なあに、たった今まで、そこの並木の後ろにかくれて、親分の見えるのを待っていたんですが、そのうちに誰かが、退屈がって、通りかかった坊主の牛車(くるま)を止めて、六波羅役人の真似(まね)をし、南へ行こうとする奴を西へ行けと、遠廻りをさせたもんだから、みんなうれしがって、囃(はや)していたところなんで」
「馬鹿野郎、いたずら事ばかりしてよろこんでいやがる。同じ悪戯(わるさ)をするならば、でっかいことを考えろ、もっと途方もない慾を持て。どうせ悪党の生涯は、あの炎のように、派手で狂おしく風のまま、善業(ぜんごう)悪業(あくごう)のけじめなく、したい放題にこの世の物を慾の煙の中に攫(さら)って短く往生してしまうのだ。ケチなまねをしても一生、大慾大罪の塔を積んでも同じ一生――」
骨柄といい弁舌といい、この男がこの一群の頭領であって、すなわち、京の人々が魔のごとく恐れているところの天城の野武士木賊(とくさの)四郎(しろう)にちがいない。
四郎は部下たちへ、こうひと演舌してすぐに、
「いや、それどころじゃねえ」とつぶやいた。
そして、西洞院(にしのとういん)の白い大路を透かしてみながら、
「もう追ッつけ来る時分だ……手はずを決めておかなくっちゃいけねえ。蜘蛛太、てめえは柄が小さいから人目につかなくっていい。五条のたもとまで行って、轅(ながえ)に螺鈿(らでん)がちりばめてある美しい枇榔(びろう)毛(げ)の蒔絵(まきえ)輦(ぐるま)がやってきたら、そっと、後を尾(つ)けてこい。
――それから他(ほか)の者は、並木の両側にかがんで輦(くるま)の行くままに気どられないようにあるいてゆけ。
俺が、口笛を吹いたら、前後左右から輦へかかって、中の者を引っさらい、何も目をくれずに、淀(よど)の堤までかついで行くのだ」
「なんですか、その中の者てえな」
「後で拝ませてやる、俺が今、火事場に近い巷(ちまた)から見つけてきた拾い物だ、今夜、こんな拾い物があろうたあ思わなかった」
「ははあ、親分がみつけたというからにはまた、きりょうの美(い)い女ですね」
「何を笑う。――を楽しませた後に、室(むろ)の港へもってゆけば、大金(おおがね)になる女だ、しかも今夜のは、やんごとなき上臈(じょうろう)の君で、年ばえも瑞々(みずみず)しく、金(きん)釵(さ)紅顔という唐(から)の詩にある美人そのままの上玉だ、ぬかるなよ」
四郎は、いい渡して、
「蜘蛛太はどこへ行った?」と見廻した。
すると、群れのあいだから、河(かっ)童(ぱ)頭(あたま)のおそろしく背の短い男が出てきて、
「ここにいます」と四郎の顔を見上げて立った。