四郎の数多い手下のうちでも、異彩のある男はこの蜘蛛太だった。
背は四尺に足らず、容貌は老人のようでもあり、子供のようにも見える。
幼少から親兄弟というものの愛情をわきまえない孤児なので、生れながらの盲人が物の色を識(し)らないように人間社会に愛というものがあることを知らないのである。
残忍酷薄、生きんがためにはどんなことをやってもかまわないものだとこの男は信じて生きている。
したがって蜘蛛太でないとできない仕事があった。
頭領(かしら)の四郎でさえ手を下し得ない惨虐(さんぎゃく)をこの男は平気でやる、また、どんな、警固(かため)のきびしい館(やかた)でもこの小男は忍び込むのに困難を知らなかった。
今日もそうしたことで、どこかへ仕事に行ったらしいが、稼ぎはなかったらしかった。
しかしなにか耳よりな噂をきいてきたというのである。
そこで天城四郎はすこし機嫌を直して、
「ふうむ……面白いこと?……それは金儲(かねもう)けになりそうな話か」
「なりますとも、金にならない話を頭領に聞かせてもつまらねえでしょう」
「その通りだ。何しろこの霜枯れだ。一仕事当てなくっちゃ息がつけぬ」
「金になるばかりでなく、復讐(しかえし)にもなる、いわば一挙両得なんで」
「能書(のうがき)はさしおいて、早くいえ」
「ほかじゃありませんが、いつか、六条の遊女町に火事のあった晩、頭領が目をつけてうまく手に入れかかった堂上の姫君があったでしょう」
「ウム、あの時の忌々(いまいま)しさは忘れねえ、あれは月(つき)輪(のわ)の前(さきの)関白(かんぱく)の娘だった」
「こっちの仕事の邪魔をした奴は誰でしたっけ」
「聖光院範(はん)宴(えん)の弟子どもだ」
「頭領」
蜘蛛太は、膝をにじり出して、
「その範宴のことですが」
「ふウム、範宴が、どうかしたのか」
四郎はあの時以来、彼に対する呪詛(じゅそ)を忘れていなかった。
利得の有無にかかわらず、折があったら返報してやるとは常に手下の者に洩らしていたことである。
ところが今――蜘蛛太のいうところによると、その範宴の身辺には昨年の夏ごろから大きな問題が起っている。
それは月輪家の息女と彼との恋愛問題だというのである。
範宴はごうごうたる世間の攻撃の怖れをなして叡山(えいざん)へ閉じこもり、一切世間人との交渉を断(た)って、彼の師や彼の弟子や、また女の側(がわ)の月輪家などが、必死になって、その問題の揉み消し運動やら善後の処置に狂奔しているらしいというのであった。
「どうです」
蜘蛛太は鼻をうごめしかして、
「こんなおもしろい聞き込みは近ごろありますまい。ひとつその破戒坊主の範宴をさがし出して、うんと強請(ゆす)ってやったらどうでしょう」
「ほんとか、その話は」
「懸(かけ)値(ね)はありません」
「こいつは金になる。ならなかったら範宴のやつを素裸にして、都(みやこ)大(おお)路(じ)へ曝(さら)し物にして曳き出し、いつぞやの腹(はら)癒(い)せをしてやろう」
それから数日の間、ここに巣くう悪の一群(ひとむれ)は、毎日、範宴の居所と、噂の実相をさぐることに交(かわ)る交(がわ)る出あるいていた。