「原発事故後の福島を生きる」(下旬)どうか福島のことを忘れないでほしい

子どもたちは、積算線量計というのを身につけて生活しています。

自分たちがどのくらい被爆しているかを測るための機械です。

小さい子は、それを何のためにつけさせられているのか全く理解できていません。

ただ、これを幼稚園に行くときに首にかけてあげるとき、なんでこんな物をつけながら生活させないといけないのかなと、子どもたちに申し訳ない気持になります。

それともう一つ、子どもたちが定期的に行なっているのが甲状腺検査です。

チェルノブイリでは、原発事故後に子どもたちが甲状腺ガンを発症しました。

福島でも同じことが起こるんじゃないかということで、子どもたちはこの検査を一生受け続けることになりました。

今、県内では、母子避難などで家族がバラバラになったことに起因して、自殺者やうつ病、アルコール依存症の方が増えてきています。

私のお寺でも自殺をされた方のお葬式が目立ってきました。

国会議員の方が言われたように、直接的な放射線が原因で亡くなっている方はいないのかもしれません。

しかし、放射線、原発事故が原因でこうやって自らいのちを絶っていかれる方というのは、確実に増えているんです。

また、国から補助金がおりている強制避難区域からの避難者の方々と、補助金が出ない地域の方との摩擦なども深刻な問題になってきています。

震災後、不安なことや心が痛むことがあまりにも多すぎて、もう駄目かもしれないと思った時期がありました。

そんなある日の朝、いつもと同じようにお仏飯をお供えするとき、あとご本尊を見たんです。

阿弥陀さまは、震災のときの揺れで傾いてしまっていました。

そのとき、今の自分の姿に気付かされと同時に、私をこうやっていつも見守ってくださっていたのかな、ということを感じました。

すると、なんとなく胸のつかえが取れて、楽になっていくような気がしました。

答えが出ない中で迷いながら、悩みながらの生活。

やれるだけのことは一生懸命やって、子どもたちをできる限り守れるように、やれるだけのことは一生懸命やって、子どもたちをできる限り守れるように、やれるだけのことはやったら、あとはもうお任せするしかないんだろうな。

そう味わわせていただいて、日々を送っています。

福島の事故から3年半が過ぎました。

報道もだいぶ少なくなってきていて、福島の原発事故はどんどん風化が進んでいます。

福島のことは終わったと思われている方も多いと思います。

でも、私がみなさんにお願いしたいのは、どうか福島のことを忘れないでほしいということです。

忘れることは繰り返すことだと思います。

福島で起こったことは防ぎようのない事故だったのだとしても、今後の何かの学びにしてほしい。

忘れないでいること、それが一番大事なことだと思っています。